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 大型帆船見学
大型帆船見学

 チリ、インドネシアなどから来た大型帆船が見学できるとのことで、東京の海の玄関・晴海埠頭に出かけました。

JR浜松町の近くにある日の出桟橋から海上バスで晴海に行き、少し歩くと遠くの埠頭に巨大な軍艦が見えてきました。海上自衛隊の護衛艦 「ひえい」 の雄姿です。ひえいは、今回は海外からきてくれた大型帆船のホスト役をつとめています。

その少し先の埠頭に、2隻の大型帆船が停泊しているのが見えました。白い大きな帆を張る大型帆船が、昔から大好きです。以前やはりこの晴海埠頭で見学したわが国の帆船 「海王丸」 (2556トン)の華麗な姿を今でもよくおぼえています。

写真は、チリ海軍の帆船 「エスメラルダ」 です。こちらは総トン数3673トンもあるとのことで、日本の海王丸の1.5倍もある巨大な帆船です。
船内に入ると、この帆船の大きさを改めて実感させられます。また船内の設備、装備もすばらしく、さすが海洋国チリの大帆船です。

        南風(はえ)受けて   人気blogランキングへ
           海空の間に
              入りし帆船(ふね)

 エスメラルダは、東京入港中の6月15日に就役50周年を迎えた由緒ある帆船で、乗員は328名もいるそうです。皆チリ海軍の士官候補生とのことでなかなか英語もお上手で、広い船内の各所で英語で詳しい説明をしてくれました。

乗員の皆さんはサービス精神も旺盛で、船尾にある舵輪の前で見学者といっしょにカメラにポーズをとったりしていました。


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(2017/07/29(土) 07:19)

 緑道のたちあおい
たちあおい

 東京都世田谷区の烏山川は、世田谷区北烏山に水源があり、かつては三軒茶屋の先、三宿池尻にまで至るかなり大きな川だったそうです。

現在は烏山川の大部分が暗渠になり川の姿はほとんど私どもには見えなくなりましたが、その暗渠の上部が整備され、烏山川緑道として世田谷区民の憩いの場になっています。

烏山川の全長にわたって歩くと、一日がかりの大ウォーキングとなるそうです(^_^)。今回はとりあえず、東京の大動脈環状7号線を渡ったところから都心を離れる方向に歩きました。

吉田松陰の墓のある松蔭神社の下を過ぎて少し歩くと、野球や柔道でも有名な国士舘大学の高台の崖下をたどるほの暗い道となります。緑道の両側には、世田谷の住宅地が広がっています。

このかいわいに住んでいらっしゃる皆さんのボランティア活動のおかげでしょうか、緑道の中にはさまざまな植栽や草花が植えられており、どのシーズンでも散策をする私どもの目を楽しませてくれます。

ほの暗い緑道に、ひときわ目立つタチアオイの一群がありました。 タチアオイは5月の末から勢いよく伸び始め、梅雨のころになると人の丈より高くなって白、ピンク、赤などの美しい花を盛大に咲かせます。

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           浴衣佳人の
              ごとき花


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(2017/07/25(火) 07:13)

 本年も 「巴里祭」 開催
 1789年7月、フランス国王ルイ16世は、税負担の不平等を是正しようとした財務長官ネッケルを罷免しました。その措置に激高した民衆は、7月14日朝、パリ市内アンヴァリッド(廃兵院)を襲撃してそこに置かれていた大砲や小銃を奪いました。

当時、バスティーユ牢獄は弾薬庫を兼ねていました。アンヴァリッドで武器を奪った民衆は、それら武器のための弾薬を入手しようとバスティーユ牢獄に向かって行進しました。

7月14日、バスティーユ牢獄を取り巻く数万の民衆と同牢獄の守備兵との間に激しい銃撃戦が起こりました。やがて民衆はバスティーユ牢獄を制圧し、牢獄内に蓄えられた弾薬を手に入れました。

以降、7月14日はフランス革命(1789年の大革命)を記念する 「フランス国民祭」 となり、フランス各地で一日中花火が打ちあげられます。

その7月14日の午前中には例年パリで軍事パレードが開催され、フランス大統領の出席のもと、軍隊が凱旋門からシャンゼリゼ通りをコンコルド広場まで行進します。

パリ祭

 1933年にルネ・クレール監督制作の映画 《7月14日》 が封切られ、世界的なヒット作品になりました。その映画を日本で上映するにあたり、日本人にわかりやすい題名が必要になりました。

映画配給会社のトップや宣伝担当者などが話し合った結果、 《パリ祭り》 という題名が出てきて、この名前で公開されることになりました。

同映画は期待通り日本でも公開後大ヒットとなり、以後、フランス革命の記念日7月14日は日本では 「巴里祭」 と呼ばれるようになりました。

当時は、日本ではフランスのシャンソンが花の都パリの文化的象徴と考えられ、東京など大都市ではシャンソン喫茶が繁盛しました。また、シャンソンのコンサートも盛んに開かれ、多数の観衆を集めました。

当然というべきか、7月14日の前後には 「巴里祭」 をうたったコンサートが日本のほうぼうで開催されました。

シャンソン歌手石井好子さんが、1963年に日比谷野外音楽堂でシャンソンの祭典「巴里祭」 を開催し、大成功を収めました。

以来、年に一度、7月14日の前後に歌手たちが集まってシャンソンを歌う 「巴里祭」 が夏の音楽祭として定着しました。

パリ祭

 1999年の第37回からはシャンソンの祭典 「巴里祭」 は東京・渋谷のNHKホールで開催されるようになり、人気歌手たちの出演で毎年多数のシャンソンファンを集めています。

また、宝塚歌劇団は、かねてより年に1回この時期に 「宝塚巴里祭」 というディナーショーを開催してきました。宝塚各組の中堅スターが主演を務め、若手を含めて10名程度で一流ホテルの舞台で1時間ほどのシャンソンショーを行うそうです。

「宝塚巴里祭」 は一年に数日間しか開催されないので、そのチケットはズカファンの間で激しい争奪戦の的になるとか。

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           響きなつかし
              パリ祭り


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(2017/07/21(金) 07:55)

 浅草寺のほおずき市
 明治以前には、江戸の街にはいたるところに運河や掘割がめぐらされて、物資運輸、交通のための舟運が盛んに利用されていました。

その後、昭和の高度成長時代には電車・地下鉄、道路交通が主体となり、運河・掘割は次々に埋め立てられて姿を消しました。

近年にいたって、東京では、道路交通の渋滞による行き詰まりもあって小型船による水上交通がふたたび活発になってきました。

2020年開催の東京オリンピックでは、水上交通による人員輸送、観光クルージングが盛んに行われる予定だそうです。

東京・浅草地区は、浅草寺、東京スカイツリーなどの観光名所が多く、最近は外国人観光客も多数訪れる人気スポットになっています。

浅草寺のすぐそばに隅田川の浅草二天発着所があり、東京湾クルージングの観光船や水上バスが満員のお客さんたちを乗せて行き来しています(下の写真)。

浅草船着き場

 毎年7月9日・7月10日の両日は浅草寺では46,000日分の功徳がある 「功徳日」 とされ、江戸時代以来 「四万六千日の縁日」 として境内は参拝客で大賑わいになります。

この両日は、浅草寺境内では 「ほおずき市」 が開催され、赤い実をつけたほおずきを植えた鉢を買い求める人々が浅草寺を訪れます。

境内のほおずきの売店では、ほおずき娘や昔ほおずき娘だったお母さんがたが店頭に並び、声をからしてお客を呼び込みます(下の写真)。

ほおずき市

 江戸時代から 「ほおずきの実を水で丸飲みすると、大人は持病を治癒し、子供は腹痛などを去る」 という民間信仰があるそうです。

ほおずき市では上の写真に見られるような赤い実がついた枝一本のほおずきも販売されており、それを部屋に置いておくとやはり実を丸飲みするのと同じ効能があるとか。

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          ほおずき市に
             分け入りぬ


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(2017/07/17(月) 07:05)

 大宮八幡宮・七夕祭り
大宮八幡宮・七夕祭り

 今年も七夕になりました。関東地方では梅雨らしくない晴天が続いており、本日も朝早くからぎらぎらと強い陽光が照り付けました。

杉並区の大宮八幡宮を訪れたところ、平安時代の祭り 「乞巧奠(きこうでん)」 の飾りが神門の前に置かれてありました。

乞巧奠は、もとは織姫(おりひめ)にあやかって裁縫上達を願うものでしたが、やがてそれが拡大して書など様々な芸事・技能の上達を願う祭りになったということです。

神門の前に青竹で造られた 「乞巧門」 というくぐり門がありましたが、そばの立看板には 「技芸などの上達を願いながら、この門を三度おくぐりください」 と書かれてありました。

乞巧門には七夕にちなんだ五色の布が結ばれており、梅雨明けを思わせるさわやかな風を受けて華やかに翻っていました。

また、神門に置かれた七夕の笹にはやはり五色の短冊が多数結ばれていました。七夕の風習が宮中から民間に広まった際、五色の布の代わりに五色の短冊を笹飾りにつけるようになったということです。

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           願いつくぐる
              乞巧門(きこうもん)


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(2017/07/13(木) 06:35)

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