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 戸川昌子さん死去
 1923年(大正12年)の関東大震災により都内各所に大きな被害が発生し、その復興のために集合住宅を建設するのが急務となりました。それらの集合住宅は、大震災による被害の教訓から、耐震性、耐火性が高い鉄筋コンクリート造にする気運が強まりました。

大震災の3年後の1926年には、財団法人同潤会によって表参道中央部北側に 「同潤会青山アパート」 が建設されました。

戸川昌子
 当時の先進的な建築家が欧米の集合住宅をモデルに設計したもので、鉄筋コンクリート造3階建て、電気、都市ガス、水道、水洗式トイレなど当時の最新設備を持っていました。

同アパートは昭和のはじめまでに計10棟138戸が建設されましたが、新時代の集合住宅として大変人気が高く入居希望者が殺到したということです。

戸川昌子
 上の写真は2002年ごろの同アパートを表参道ケヤキ並木側から撮影したものです。その時点ですでに築後75年近くなっており、建物は全体に老朽化が進んで建物の壁面には蔦がはい上がって屋上にまで達していました。

同アパートは、現在のアパートと比べると、まずベランダがなく各戸の窓が小さいのがわかります。

 また、同アパートは各階の階段部分が大きく口が開いたように露出されているのが異様に感じられました。

しかしなにしろ都心の一等地なので、同潤会青山アパートの一部は上の写真のようにブティックなどに利用されていました。通りに面した窓には、華やかなショーウィンドウが造られ、当時最新のファッションが飾られているところもありました。

戸川昌子
 上記同潤会青山アパートの建設が始まってから3年経った1929年に、東京都文京区大塚に同潤会唯一の女子専用アパート「同潤会大塚女子アパートメント」が建設されました。

アメリカの近代的アパートをモデルにしたもので、鉄筋コンクリート造5階建て地下1階、電気、都市ガス、水道、水洗式トイレを備えていました。

 当時の物価から見れば、同潤会大塚女子アパートメントは家賃がかなり高額であったにもかかわらず、総戸数158戸の部屋は募集を開始するとすぐに予約で一杯になったそうです。

戸川昌子さんは、太平洋戦争後母といっしょにこの大塚女子アパートメントに入居しました。大手商社の英文タイピストをしていましたが、1957年ごろからシャンソン歌手として銀巴里に出演するようになりました。

銀巴里での出演の合間に楽屋で長編小説を書き、1962年、戸川さん自身が住んでいた同潤会大塚女子アパートを舞台としたミステリー小説 『大いなる幻影』 で第8回江戸川乱歩賞を受賞しました。

翌1963年には小説 『猟人日記』 を発表、直木賞候補となりました。夜ごと女性を漁る日記をつけていた男性に係わる連続殺人事件というストーリーが話題となってベストセラーになり、後に映画化されました。

日本の女性現代推理小説作家のさきがけになった戸川昌子さんは、2016年4月26日に満85歳でこの世を去りました。心より戸川さんの冥福をお祈りいたします。

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(2016/05/11(水) 07:08)

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| # | 2016/05/12(木) 16:31 [ 編集 ]

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