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 中村草田男の墓
中村草田男の墓

 中村草田男は、昭和4年、29歳のときに虚子のもとに入門して本格的に句作を始め、昭和9年には 『ホトトギス』 の同人になりました。

やがて加藤楸邨、石田波郷らとともに、所属結社を超えて人間の内面の表現追求を目指す創作活動を行うようになりました。文芸評論家山本健吉は、このグループを「人間探究派」と名づけました。

その後、草田男は「明治は遠くなりにけり」、「万緑のなかや」などの名句を発表し、俳句界で大きな存在感を示すようになりました。
「万緑のなかや」の句碑が、東京都調布市の古刹深大寺に置かれています。草田男は五日市市在住で、また成蹊高校の教授を長く勤めたので、この地に縁がありました。

中村草田男は、昭和58年8月に82歳でこの世を去りました。草田男の墓は住んでいた家に近い東京あきる野市の五日市霊園にありますが、その墓碑に次の俳句が刻まれてあるそうです。

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           地の塩なれや
              梅真白   中村草田男

地の塩とは、新約聖書マタイ伝福音書にイエスの山上の垂訓として次の記述があるのを指すとのことです。

  「汝らは地の鹽なり、鹽もし効力を失はば、
  何をもてかこれに鹽すべき。
  後は用なし、外にすてられて人にふまるるのみ。」

この言葉は、「私、イエスの教えに従ったものは、塩が食品の貯蔵に役立つように、世の中にとって価値がある」という意味だそうです。

この俳句が詠まれた昭和19年当時、草田男は旧制成蹊高校の教授をしており、学徒動員に応じて学生たちを戦場に送り出す立場にいました。この俳句は、学業半ばで不利を伝えられる戦場におもむく学生たちへのはなむけとして詠んだとされます。

草田男は、若いころからキリスト教に関連する俳句を多数詠んでいました。死の前日、草田男は、妻の勧めもあり、病床でカトリックの洗礼を受けてクリスチャンになりました。

その草田男が上掲句を自らの墓碑に刻ませたのは、戦場に散った教え子たちを思ってのことでしょうか。

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(2015/08/17(月) 06:39)

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