実りのときブログ
日記・ブログ人気ランキング
  >> ホーム
  >> RSS1.0
プロフィール

yuuhei

Author:yuuhei
海外・国内旅行・美術
文学・俳句・音楽・写真

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

 中尊寺・弁慶堂
波平 中尊寺の山門前に、「武蔵坊弁慶之墓」と刻まれた大きな楕円形の石碑がありました。

1189年6月15日、源頼朝の命を受けて、奥州藤原氏第4代藤原泰衡が高館の丘にあった源義経の館を急襲しました。

義経の手勢は主を守って応戦し、武蔵坊弁慶は衣川で立ち往生といわれる壮絶な討ち死を遂げました。

立ち往生した弁慶の遺骸を中尊寺が引き取って、この中尊寺門前に葬ったとのことです。石碑のそばには、松の大木が立っており、その下には 「弁慶標の松」 という掲示がしてありました。

石碑の横にあった説明板には、中尊寺の僧素鳥が詠んだものとして、次の俳句が記されてありました。

       色変えぬ        人気blogランキングへ
          松のあるじや
             武蔵坊   素鳥


弁慶堂

 中尊寺の入口から月見坂と呼ばれる参道を登って行くと、まもなく弁慶堂という時代のついたお堂があります(上の写真)。

お堂の中には、源義経と弁慶の木像をが安置されてあり、また、国宝の 「金銅剛孔雀文磬(けい)」 も置かれています。磬とは、僧が毎日の勤行のときに鳴らす仏具だそうです。

武蔵坊弁慶は、もと天台宗の総本山比叡山延暦寺の僧兵だったので、同じ天台宗の東北大本山である中尊寺がその遺骸を引き取り、境内にお堂を設けて供養したのでしょう。

旅行・散策 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2017/06/07(水) 07:29)

<<あじさいの小道 | ホーム | ロシア旅行 サンクトペテルブルグ着>>

コメント
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURLはこちら
http://minorino.blog31.fc2.com/tb.php/319-c51405a7
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

copyright © 2005 実りのときブログ all rights reserved.
Powered by FC2ブログ. / PHPウェブログシステム3 / ネットマニア