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 目黒さんま祭
目黒さんま祭

 私ども庶民にとってなじみの深い秋のB級グルメといえば、まずはさんまの塩焼きということになるでしょう。

古典落語 『目黒のさんま』 は、海から遠く離れた目黒村に鷹狩りにきた殿様が、土地の百姓が焼くさんまの匂いにひかれて初めて食べたところ、あまりのおいしさに以降すっかりさんまのファンになったというおなじみのお噺です。

それにちなんで、毎年9月はじめにJR目黒駅前で「目黒さんま祭り」が開かれています。23回目となる本年は、9月9日(日)に開催されました。

会場では、岩手県宮古市から提供された大量のさんまが塩焼きにして来訪者に無料で振舞われます。目黒通りの歩道や車道の端では、その宮古から送っていただいた生きのよいさんまにたっぷりと塩を振り、炭火で豪快に焼き上げていました。

目黒さんま祭

さんまを焼く炉は鉄製で長さ80cmほどの長方形のもので、その中に赤々と炭火を起こし、大きな鉄網を2つ載せてその上に銀色に光るさんまを多数並べます(上の写真)。

強い炭火の上でしばらくさんまを焼くと、さんまから大量に脂が出て炭火の上に滴り落ちます。真っ赤な炭火から黄色い炎が吹き上がり、青い煙が盛大に立ちのぼります。

片面が焼けたら、その上に大きな鉄網をもう一枚重ねてエイとばかり全体を裏返します。こんがりと見事に焼けた片面が見えて、あたりには豊かなさんま塩焼きのにおいが満ちあふれます。

炉のまわりに集まって見つめているお客さんたちから、いっせいに感嘆の声と拍手が起こりました。

さんまを焼く煙と塩焼きのにおいがJR目黒駅前の広場に満ちて、その奥にある目黒駅の改札のほうに流れて行きました。

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        煙は駅の
          中にまで


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(2018/09/30(日) 06:55)

 ボンバルディア機
ボンバルディア機

 数年前、オーストリア旅行に出かけ、ウィーン空港でザルツブルグに行くために小型飛行機に乗り換えました。

ウィーン空港のゲートを出て空港内のバスに乗って走り出すと、遠くに小型プロペラ機が駐機しているのが見えました。日本・高知空港での胴体着陸で有名になったボンバルディアDHC-8です。

バスは次第にその飛行機に近づきます。不安が募ってきましたが、やがてその不安が的中してバスは小型プロペラ機ボンバルディアの横にぴたりと停車しました。

ウィーン・ザルツブルグ間は約1時間の飛行ですが、そのくらいの距離にはこの種の小型プロペラ機がよく使われるとのことです。この飛行機に乗る前に、日本・高知空港での胴体着陸の原因となった前脚をしげしげと見てしまいました (^_^)

でも、今回のボンバルディア機はがんばって飛行し、私どもは約1時間ののち無事にザルツブルグ空港に着陸しました。

      プロペラ機     人気blogランキングへ
        昇りて
          行合い雲に入る

上の俳句で「行合い」とは、夏の暑さと秋の涼しさが交差するこの時期の季語です。

その後、ボンバルディア機は、世界各国で着陸時に主脚が折れるという事故が多発したのが問題となり、全面的に運休して徹底的な検査が行われました。

2009年2月12日には、同じボンバルディアDHC-8機がアメリカ・ニューヨーク州バファローの近郊に墜落し、計50人が死亡するという大事故が起こりました。

ボンバルディアDHC-8機は世界中で運行実績のある優れた短距離旅客機だったはずです。しっかりと原因を調査して、今後は私どもが安心して乗れるようにしてもらいたいと思います。


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(2018/09/26(水) 07:29)

 過去の大震災に学ぶ
大正関東地震 1923年(大正12年)の大正関東地震は神奈川県西部を中心として発生し、関東地方全域で5分以上にわたって激しい揺れが続きました。

大正関東地震の規模はマグニチュード7.9で、阪神大震災の7.3を大きく上回るが、東日本大地震の9.0よりははるかに小さいということです。

震源域の中心に近かった神奈川県横浜市では震度7の強烈な揺れとなり、1万6000戸の建物が崩壊しました。

 震源域の中心から50kmほど離れていた旧東京市では、横浜市より小さい震度6の揺れが起こりました。当時は東京でもまだ耐震建築が少なかったこともあり、東京市ではこの地震で1万2000戸の建物が倒壊したということです。

当時の両市の人口は、横浜市は約42万人で東京市の約220万人の1/5ほどでした。その横浜市の倒壊戸数が東京市よりはるかに多かったことから、震度7の揺れは震度6のそれとは比べものにならないくらい激しかったのが推測されます。

 大正関東地震の際の横浜市、東京市の各種被害データを下の表にまとめました。比較のために、阪神淡路地震の際の神戸市、一昨年3月に起こった東日本大地震での仙台市のデータもその下の行に掲載しました。

地震名都市当時人口最大震度全壊棟数死者数
 大正関東
地震
横浜市42万人 77.2万2.1万
 大正関東
地震
東京市220万人630万6.8万
 阪神淡路
地震
神戸市154万人77.4万4,571
 東日本
大地震
仙台市106万人6 強2.7万829

 上表で、上3行の大正関東地震での横浜市、東京市および阪神淡路地震での神戸市における「全壊棟数」は、地震により倒壊した棟数と火災により焼失した建物の棟数を合計したものです。

上表で大正関東地震での横浜市、東京市での全壊棟数、死者数を見て、改めて大都市が巨大地震に襲われたときの災害、特に火災による被害のすさまじさに驚愕するのみです。

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          風鈴の音(ね)に
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(2018/09/22(土) 06:56)

 岡本民家園の鶏
岡本民家園の鶏

 民家園とは、各地の伝統的な建造物を移築して保存をはかるとともに、その当時の農機具、生活用具なども展示して当時の暮らしを現在に伝える目的で造られたものです。
現在、地方自治体などが建築整備した民家園が、日本各地で公開されています。

世田谷区には民家園が二つありますが、そのひとつ「岡本民家園」は世田谷区の南部、多摩川に近い岡本2丁目にあります。
私どもの家から歩いて30分あまりのところなので、ときどき行って昔の世田谷の暮らしを楽しんでいます。

岡本民家園には大きな古農家を移築した母屋がありますが、その裏に金網を張った鶏小屋があり、中で多数の鶏が走り回ったりえさをついばんだりしていました。

写真の鶏は、昔私どもの田舎(千葉県)ではチャボと呼んでいた種類でしょうか。体が小さく、尾がぴんと上を向いて伸びています。オスは羽根の色が三毛でメスよりずっと華やかです。

昔は、鶏卵は貴重な蛋白源として現在よりずっと重要な位置を占めていました。そのため、農家ではない普通の民家でも庭の隅に鶏小屋を設けて鶏を飼うことが多かったのです。

鶏は早起きで、夜明けをいち早く察知して鳴声をあげます。そのため、昔は鶏を飼っている家では別に目覚まし時計がなくても寝過ごす恐れはありませんでした (^_^)

      鶏鳴で    人気blogランキングへ
        目覚め夏掛け
          引き上げぬ


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(2018/09/18(火) 07:14)

 秋の七草・ききょう
ききょう

 本年は、関東地方は7月から9月にかけて記録的な猛暑が続きましたが、大型台風21号に直撃された後は急に涼しくなり、10月初めぐらいの気温になりました。

残暑があまり厳しいのも困りますが、逆に急に秋めいてチロチロと虫が鳴いたりすると、少々さびしくなります。

しかし、季節が前倒しにくるのは衣料などの商売には大変ありがたいことだそうで、景気回復につながると聞きました。とあれば、この気温の変化も歓迎すべきものなのでしょう。

少し前に世田谷区内で撮影した秋の七草の一つ、ききょうの写真を掲載しました。つい最近、雨の日に道路端のききょうを見ていると、上の枝からたれてくる雨しずくがぽたりぽたりと花にあたっていました。雨しずくがあたるたびに、桔梗の花がうなづいているように見えました。

       雨しずく     人気blogランキングへ
         当たりて
           桔梗肯(うなず)きぬ

 東京では、秋の七草が全部見られるところがあまりありません。私どもの家の近くには世田谷区立フラワーランドという花壇公園がありますが、そこにも秋の七草は全部はないようです。

東京・墨田区の向島百花園では全部見られるという話をきいたことがあるので、ぜひ見に行こうと思っています。


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(2018/09/14(金) 06:43)

 天災は忘れたころに来る
天災は忘れたころに来る

 夏目漱石の小説『吾輩は猫である』で苦沙弥先生宅に集う多くの愛すべきキャラクタの中に、「水島寒月君」という人がいます。

寒月君は学問最高の府を一番で卒業した秀才と書かれていますが、これは漱石の弟子でもあった物理学者 寺田寅彦 をモデルとしたといわれます。

寺田寅彦は実際に東京帝国大理科大学実験物理学科を首席で卒業しました。その後、同大学助教授に就任し、ドイツ留学の後、同大学教授に昇格しました。

1923(大正12)年9月1日、寺田が45才の時に起こった関東大震災は、寺田寅彦の以後の学者人生にも大きな影響を与えました。

もともと地球物理学者、海洋物理学者であった寺田は、震災後震災予防調査会の震災特別委員会委員に任命され、直ちに被災関東地方各地に調査に行って災害の状況をつぶさに記録しました。

東京市本所にあった陸軍被服廠跡では、震災時の火災に伴って発生した大旋風によりそこに避難していた4万4000人の命が失われましたが、寺田はその場所にも行き、火災旋風のメカニズムの調査を行ったということです。

大震災の翌1924年5月、寺田は大震災による被害の報告書「大正大震火災誌」を発表しました。それに『地震雑感』という一文が収められていますが、その文中で寺田は地震による災害が多岐にわたること、物理現象としての地震はきわめて複雑であることを指摘し、多くの専門学者たちの協力が不可欠であると説いています。

震災後、東京帝国大学教授会で地震学科と地震研究所の設立が決定されました。大震災から3年経った1926年に地震研究所が発足し、寺田もそれに加わりました。

寺田寅彦は過去にそれぞれの地方に起こった大津波について研究し、将来かならずまた襲ってくる大津波に対して備える必要があると説いて「天災は忘れた頃にやってくる」と語ったそうです。

今回の東日本大地震でも私どもは寺田の言葉が正しかったのを思い知らされました。そして今後数十年あるいは数百年のうちに、大地震・大津波は確実にまたこの国を襲ってきます。

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        100年近き
          重み胸に


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(2018/09/10(月) 07:20)

 デング熱怖し
携帯蚊取り デング熱とは熱帯病の一つで、デングウイルスというウイルスによる感染症です。

デング熱の発生率は、1960 - 2010年の間で30倍に増加しました。都市化、人口増加、海外旅行の増加、地球温暖化が原因と考えられます。

デング熱の症状は、突然の発熱、頭痛、筋肉や関節の痛み、発疹だそうです。

 4年前の2014年夏、東京代々木公園でトレーニングをしていた学生たち数人がデング熱に感染したのが確認されました。
また代々木公園近くにオフィスがあるNHKは、職員ら2人がデング熱に感染したと発表しました。

2018年現在、実用化されている予防ワクチンはまだありません。

当時、東京都が代々木公園で採集した蚊からデング熱のウイルスが見つかりました。東京都は急きょ代々木公園を閉鎖し、公園内部は徹底的に消毒などを行いました。

本2018年は、デング熱は4年前の2014年ほどは発生していませんが、やはり東南アジアなどから帰国した人々の中にはデング熱に感染した例がかなり報告されているそうです。

公園など草木が多いところでは蚊からデング熱に感染する恐れがあるので、衣服は長袖に長ズボンを着用し、手足には防虫スプレーをつけるのがよいということです。

でも私は昔からこのような薬品を体につけるのは好みません。日本民族1000年の知恵である蚊取り線香を携帯容器に入れて腰につけ、家のまわりの草取りなどをしています。

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          携帯蚊取り
            腰につけ

早く東京地方が涼しくなって、デング熱を仲介する蚊が少なくなるのを期待するのみです。


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(2018/09/06(木) 06:48)

 秋のフリーマーケット
フリーマーケット

 日ごろ静かな近くの公園が、たくさんの人でにぎわっていました。のぞいてみると、フリーマーケットが開催されていました。

東京のちょっとした公園では、たいてい年に数回のフリーマーケットが開かれています。現在では、NPO市民団体などがインターネットを利用して連絡をとりあって活動しており、相当大きな組織になっているようです。

たいていは、わずかな保証金をはらえば、だれでも参加できます。その保証金も不要というフリマもかなりあります。なお、保証金は、フリマ終了後、返還してくれます。

昨今のリサイクル運動が背景にあるのはもちろんですが、オタク的な趣味のある方々には意外な掘り出し物に出会えるチャンスでもあり、熱心に方々のフリマに通う人も多いそうです。

また、売る側としても、お客さんとコミュニケーションできる「お店屋さんごっこ」が商売抜きで楽しいという方がかなりいらっしゃるとききました。

暑さが和らいだこれからが、フリマのシーズンです。上の写真では女性が4、5人並んで出店していましたが、売れ行きはどなたもいまいちのようで、店のほうは適当にしておいて日傘で暑さを避けながら井戸端会議に花を咲かせていました。

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        さしてフリマの
          客を待つ


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(2018/09/02(日) 06:55)

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