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 農大収穫祭 (2)
 東京農大は、明治政府の重鎮榎本武揚によって110年前に創立された伝統ある農業大学です。同大学は世田谷区の馬事公苑の近くにあり、小田急線経堂駅から歩いて15分ほどです。

その東京農大で、毎年10月末に「収穫祭」という文化祭を行っています。収穫祭は勇壮な?大根踊りで有名ですが(^_^)、これはよくテレビなどで紹介されるのでご覧になった方も多いでしょう。

大根 農大収穫祭では、その大根が無料でもらえるというので、大人気で長い行列ができていました。

農大の卒業生などから寄付された大根を配っているのだそうです。

たくさん積んであった大根の段ボール箱が瞬く間に空になってしまい、次々に倉庫から持ってきて補充されました。

 最後の一本の大根を写真の女子学生さんに持っていただき、もう一人の「東京農業大学」のハッピを着たお嬢さんにも入ってもらって完売記念写真をとりました(^_^)

    大根(だいこ)配る
      最後の一つ
        持って笑む

ゴーヤ 学内にはいたるところに露店が作られ、売り子の学生が声を枯らして来場したお客さんに呼びかけていました。
部活動費を稼ぎ出すビジネスチャンスなので、営業にも熱が入ります。

農大OB提供の野菜の売店では、ピンクの帽子をかぶった女子学生さんがゴーヤーなどを販売していました。


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(2017/11/30(木) 06:42)

 バナナの叩き売り
 東急世田谷線世田谷駅の近くの商店街で、11月初めに恒例のお祭りを開催していました。世田谷の冬のイベント「ボロ市」と同じように、商店街沿いに露店が並び、ところどころでミニジャズコンサート、カラオケ大会などの客寄せを行っていました。

ボロ市と同じように骨董屋などの露店も多数出ていました。狭い商店街は大変な人出で埋め尽くされ、私どもも道の両側の露店を物色するお客さんの間を縫うようにして見て歩きました。

商店街の横丁では、露店で販売するためのお餅を商店街の若手の皆さんが掛け声をあげながらついていました。小学6年生くらいのぼくちゃんも、小さい杵をふるって餅つきを手伝っていました。

お祭りの餅つき

 その中で、昔なつかしいバナナの叩き売りを見つけました(^_^)。私どもが子供のころはどこでも見かけましたが、最近はすっかり少なくなり、バナナの叩き売りを見たことがないという人も多くなっているようです。

まさに「タンカ売」の商法で、なにやらフーテンの寅さんに似たおじさんがバナナを手に持って威勢のいいタンカを切りながらまわりのバナナの段ボール箱を竹の鞭で叩いて売りまくります。

お客とやり取りをしているうちに、バナナが飛ぶように売れ、山のように積んであったバナナの段ボール箱がどんどん空になっていきます。思わずその前に立ってしばらく見とれていました。

      バナナ持ち     人気blogランキングへ
        客に見得切る
          叩き売り

バナナの叩き売り



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(2017/11/26(日) 06:38)

 足利学校見学
 この秋、仕事の取材で初めて栃木県足利市に行きました。仕事先の近くに日本最古の学校として有名な「足利学校」があるのを知り、仕事終了後先方の人に車で案内してもらいました。

足利学校

 足利学校の創建については諸説があるようですが、室町時代に上杉憲実によって現在国宝に指定されている書籍が寄進され、庠主(学長)制度を設けるなどして大学校として確立されたということです。

戦国時代には、宣教師フランシスコ・ザビエルによって「日本国中最も大にして最も有名な総合大学」と世界に紹介されました。

仕事を終えて足利学校に着いたのは閉館間近となってしまい、あわただしく内部の見学をしました。見学できなかった場所も通りがかりにのぞいて見て、相当な規模があるのがわかりました。

     足利の
       古りし学舎(まなびや)
         暮れ早し

入徳門、学校門、杏壇門の三門と孔子廟、平成2年に復原された方丈などの建物が、5500坪の敷地の中に配置されているそうです。

下の写真は、寛文8年(1668年)に造営された日本最古の孔子廟大成殿です。中国明代の聖廟を模したものと伝えられています。

足利学校

また、「足利学校遺蹟図書館」には、国宝の指定を受けた文書が多数収蔵されているそうです。またいつかこの地を訪れて、足利学校の内部をゆっくり見学したいと思います。


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(2017/11/22(水) 06:36)

 薄もみじ
 俳人三橋鷹女は、明治33年(1899)年に千葉県成田市に生まれました。次の俳句は、最近では高校の教科書にも掲載されているそうで、鷹女の句の中では飛びぬけて有名です。

     鞦韆(しゅうせん)は    人気blogランキングへ
       漕ぐべし
         愛は奪うべし   三橋鷹女

鞦韆とは、ぶらんこのことです。人気のない公園の隅にあるぶらんこに座って、漕ぐでもなく恋の思案をしていましたが、ようやく決意がつきぶらんこを大きく漕ぎ始めた、という句意でしょうか。

ぶらんこ

 概して冬が暖かい東京ですが、今年の晩秋は特に暖かいようで、各地から本格的な紅葉シーズン入りの便りが届く中、東京のかえでは下の写真のように薄もみじの状態のものが大半です。

三橋鷹女に次の薄もみじの俳句があります。

     薄もみじ       人気blogランキングへ
       恋人ならば
          烏帽子で来    三橋鷹女

平安時代には、成人男子は頭に烏帽子をかぶるのが正装とされました。私の恋人ならば、王朝時代の恋人に見習って、きりっとした心構えで来てほしいという意味でしょうか。
虚子の流れを汲む中村汀女、星野立子らの作品とは、句風がまったく異なっています。

薄もみじ


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(2017/11/18(土) 06:50)

 東京農大収穫祭
 東京農大は、明治政府の重鎮榎本武揚によって110年前に創立された伝統ある農業大学です。その東京農大で、毎年11月3日前後に「収穫祭」という文化祭を行っています。

農大収穫祭は、よくテレビなどで見る勇壮な?大根踊りで有名です(^_^)。構内の入口近くでは、舞台の上で恒例の美人コンテストを開催していました(下の写真)。

東京農大収穫祭

 学内にはいたるところに露店が作られ、売り子の学生諸君が声を枯らしてお客さんに呼びかけていました。部活動費を稼ぎ出す大ビジネスチャンスですから、営業活動にも熱が入ります。

鯛焼きの露店の前では、女子学生さん2人で大根踊りならぬ鯛焼き踊りのパフォーマンスでお客を呼んでいました(^_^)。その奥では、男子学生がじゅうじゅうと鯛焼きを焼いています。

学内の中庭で、やわらかいアンサンブルの音が聞こえました。農大のオーケストラのメンバーが出店している喫茶店のPRのため、イチョウの木の下で5、6人の学生さんが演奏していました。

       コーヒーに     人気blogランキングへ
         楽でいざなう
           収穫祭

秋の陽光のもと、屋外で聴く管楽器の音色は大変透明で、コンサートホールで聴くのとは違う趣きがあります。楽の音に誘われて、私どももその喫茶店に入って一休みしました。

東京農大収穫祭


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(2017/11/14(火) 06:33)

 動物フェスティバル・騎馬隊
 世田谷区の環状8号線沿いにある砧(きぬた)公園で、毎年10月から11月にかけて 「動物フェスティバル」 という催しが開かれます。

さわやかな秋の一日、きぬた公園の芝生の上で、「動物ふれあい教室」、「ポニーの演技」、「ミニ動物園」 などさまざまな催しが行われ、たくさんの来場者で賑わいます。

きぬた公園への交通は、東急新玉川線用賀駅から徒歩(約15分)、あるいは小田急成城学園前駅からバスがよいでしょう。

騎馬隊

 この動物フェスティバルに警視庁騎馬隊の皆さんが出演しているのを見ることができました。警視庁騎馬隊は、砧公園の近くの馬事公苑を本拠地として活動しているということです。

下の写真のように、中央に白い馬に乗った赤い制服の女性隊員、その両側に褐色の馬に乗った青い制服の男性隊員が並んで行進します。
秋の明るい日差しのもと、グラスアリーナの芝生の上で華やかな騎馬のデモンストレーションを繰り広げていました。

      秋晴れの
         芝に騎馬隊
            散開す

騎馬隊

 ニューユークやパリなど外国の大都市では騎馬隊や騎馬警官が交通規制や警護をしているのをよく見かけますが、日本でも警視庁がこのような騎馬隊を活動させているのを初めて知りました。


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(2017/11/10(金) 06:52)

 吉田松陰の墓所
 長州藩出身の幕末の志士吉田松陰は、伊豆下田でアメリカ軍艦に潜入して渡航を企てるも失敗して捕らえられ、牢に投じられました。

一年後獄を出た松蔭は、長州萩の自宅を松下村塾という私塾にしてそれを主宰し、藩の青少年の教育に当たりました。

松陰神社は、吉田松陰を祀った神社で、山口県萩市と東京都世田谷区にあります。両松陰神社の境内には、松下村塾を復元した平屋の建物が置かれています(下の写真)

松下村塾

 松蔭が多くの青少年の教育に尽くしたことから、松蔭神社は昔から 「学問の神様」 として崇められています。

松陰は、その後の過激な言動で再び投獄され、「安政の大獄」 により安政6年(1859年)10月27日に打ち首になりました。

世田谷の松蔭神社では10月22日から例大祭となり、神社の最寄り駅である東急世田谷線松陰神社前の町は松蔭にちなんだ 「幕末維新祭」 で賑わいました。山口県荻市をはじめ山口県各地の物産のマーケットが神社の前で開かれて、買い物客を集めていました。

神社内の墓地の奥まったところに松陰の墓所があり、松蔭の冥福を祈る人々が引きもきらずに訪れます。郷里荻市から贈られた見事な菊が供えられ、線香の煙が絶えることなく立ち昇っていました。

         菊手向け     人気blogランキングへ
            香たき
               松蔭敬(うやま)いぬ

吉田松陰の墓所

 私どもも毎年ここを訪れていますが、今年、松陰の墓所からそう遠くないところに映画俳優早川雪舟さんの墓があるのを知りました。早川さんは吉田松蔭の近くに眠りたいとして、ここに墓をつくられたそうです。


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(2017/11/06(月) 07:02)

 広島城・お堀の鯉
 最近、所用ではじめて広島市を訪れました。宿泊したビジネスホテルのマネージャーが、近くに広島城の城址があると教えてくれたので、仕事の相間に行ってみました。

城址に近寄ってみると、しっかりとした石垣の上に城楼が建てられており、その下には幅広い立派なお堀がめぐらされていました。

お堀の鯉

 広島城は、戦国時代に毛利輝元によって築かれて以来、いくたびかの戦乱にも大きな被害を受けることもなく生き残ってきましたが、太平洋戦争で原爆の直撃にあって一挙に崩壊しました。

その後、1952(昭和32)年に大天守部分のみが復興されて、現在広島城資料館として利用されています。復興された大天守は壮大ですが、それでも創建当時の偉容には遠く及ばないそうです。

広島城址を取りまく壮麗なお堀は戦国の昔のままに静かに水を湛えています。広島城は鯉城(りじょう)ともよばれるそうですが、それは昔からこのお堀に錦鯉がたくさんいたからです。

ちょうど鯉にえさをやる時間で、お堀の鯉は下の写真のようにえさ場の水面で押し合いへし合いの状態でした。

        錦鯉         人気blogランキングへ
           お堀に彩(いろ)を
              満たしおり

お堀の鯉

 広島市を本拠とするプロ野球チームは、このお堀の鯉から広島カープという名になりました。まさに鯉は100万都市広島のシンボルです。


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(2017/11/02(木) 06:51)

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