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 竹久夢二・宵待草
 千葉県北部の都市銚子は、海洋性の穏和な気候と犬吠崎を中心とした海辺の景観で知られ、古来多くの文人墨客がここに遊んでいます。
この夏、私どもも銚子を訪れ、犬吠崎、海鹿島(あしかじま)など市内数ヶ所の文学紀行を楽しみました。

犬吠駅の近くで海鮮料理を食べてから、また犬吠駅に行って銚子電鉄に乗り、少し銚子市の方向に戻ります。銚子電鉄の一日乗車券を買ったので、使って元を取ろうというわけです(^_^)


竹久夢二・宵待草

 海水浴場があるので有名な海鹿島駅で降りて、海岸の方向に少し歩くと、明治から大正にかけて活躍した画家・詩人竹久夢二の詩碑がありました。詩碑の碑面には、あまりにも有名な 「宵待草」 の詩が彫られてありました。

      待てど暮らせど来ぬ人は  人気blogランキングへ
         宵待草のやるせなさ
            今宵は月も出ぬそうな   竹久夢二

竹久夢二・宵待草

 若いころ新聞記者をしていた夢二は、明治43年にこの海鹿島の旅館でひと夏を過ごしました。そのとき、旅館の近所に住むカタという娘と恋仲となりました。この詩は、そのときの夢二のカタへの思いを反映したものとされます。

土地の人に教えていただいたのですが、宵待草とは月見草とよく似ている花で、それより花が小さく、控えめな野の花でした

この詩は、大正7年に多忠亮の作曲により歌謡曲となり、大正デカダンスのかげりのあるメロディーに乗って全国津々浦々まで広まりました。私どもが子供のころ聴いたこの曲のレコードは、なんと女優の高峰三枝子さんが歌ったものだそうです

私どもが訪れたときは、ちょうどカンナの花が詩碑の前で華やかに咲き誇っていました。その向こうの詩碑の中で、夢二の肖像がややうつむき加減で海の方向を見ていました。


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(2017/08/30(水) 06:42)

 青山墓地・忠犬ハチ公碑
 港区青山は、若者の街渋谷のすぐ隣で、近年はコンピュータ関係の企業がたくさん集まっていることで有名です。

その青山で仕事をした帰り、都立青山霊園の中を通りました。青山霊園は明治7年に開設された東京都立の共同墓地で、明治時代の小説などに 「青山の墓地」 としてよく登場しています。

下の写真のように広大な青山霊園には大きな樹木が生い茂り、明治に開所して以来130年あまりの年月の長さを感じさせます。

青山墓地

 霊園内には幅の広い通路が縦横に走っており、隅々まで管理が行き届いていて雑草が茂っているような場所はほとんどありません。

 霊園内を歩いていると、有名な忠犬ハチ公の標柱を見つけました。

ハチ公の主人は、近代農業土木の祖といわれた学者上野英三郎でした。ハチ公は、主人のもとで渋谷で暮らし、毎日渋谷駅に行って主人の帰りを迎えました。主人が亡くなった後も、毎日夕方には渋谷駅前に行き、主人の帰りを待ち続けたそうです。

現在は、ハチ公は垣根の結われた主人の墓の横にある標柱(下の写真)の下でやすらかに眠っています。

       蝉しぐれ
          ハチ公眠る
             主(ぬし)のそば

青山墓地

 毎日夕方に渋谷駅前に行き、主人の帰りを待ち続けるハチ公の姿が人々の感銘を呼び、渋谷駅前にハチ公の銅像が立てられました。ハチ公は秋田犬で、毛の色が白い大型犬だったそうです。

 青山墓地には乃木将軍の墓もあります。乃木希典は幕末の1849年に生まれ、日清、日露の両役で幾多の戦功をあげました。また、高潔な人格者として国民の模範と称えられました。

乃木将軍は、大正元年9月、明治天皇御大葬の日に静子夫人と共に殉死しました。お二人は、この青山墓地の素朴な墓に眠っておられます。

青山墓地

 乃木将軍は、近年なにかと論議の多い靖国神社にはまつられていないそうです。戦死ではないからということでしょうか。


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(2017/08/26(土) 06:50)

 犬の川遊び
 丹沢湖は、西丹沢の酒匂川水系の河内川に造られた三保ダムによってできた人造湖です。丹沢湖の所在地は神奈川県足柄上郡山北町ですが、東京の水源地の一つになっています。

本年8月の中旬、その丹沢湖に注ぐ渓流を少しさかのぼったところにある中川温泉というところで川遊びをしました。

渓流の中の浅いところで子供たちがたくさんゴムボートに乗って遊んでいましたが、そこに一匹のミニダクスが泳いできて自分の飼い主のゴムボートに這い上がりました。

犬の川遊び

 犬はいきなりぶるんぶるんと大きく胴ぶるいをして体についた水を振り払ったので、子供たちがキャーと声をあげました。

犬はどの種類でもみな泳ぎができますが、なかでも大型犬のラプラドルの仲間は、もともと漁師を助けて網からこぼれた魚をくわえてもってくる犬だったそうで、大変泳ぎが得意です。

プードルも、水辺の猟を助ける猟犬がルーツだったということで、水が大好きです。トイプードルも泳ぎがうまいそうです。

犬の川遊び

 一方、上の写真のミニダクスは、もともとアナグマを巣からほじくり出すのを得意とする猟犬であったダクスフントを小型化したものだそうで、水にはそれほど縁がなさそうに思われます。

でも、このミニダクスは水が大好きなようで、ゴムボートのへさきに立ってうまくバランスをとりながら岩の多い渓流を流れ下っていました。

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           犬はへさきで
              しぶき浴び

 
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(2017/08/22(火) 06:43)

 猫の背にインコ
 葛飾区立水元公園は、京成線・JR線の金町駅からバスで10分ほどのところにあります。東京都区部では最大の面積を誇る親水公園です。

水元公園は花菖蒲(しょうぶ)の名所として昔から有名で、毎年6月に、「葛飾菖蒲まつり」 がここで開催されます。私もかねてより名前は知っていましたが、これまで行ったことはありませんでした。

今回、花菖蒲のシーズンは終わりましたが、代わって現在では都内ではあまり見られなくなった蓮の花が咲いているとのことで、思い立ってこの水元公園を訪れました。

園内の中央部、駐車場の近くに、ポプラ並木があります。高さ20mにも及ぶポプラが道路の両側に約220本植えられており、その並木の間から見通す先に真夏の空が広々と開けていました(下の写真)。

ポプラ並木

ポプラ並木の下の道路は、ご覧のように数百メートル先までまっすぐに伸びています。その先のほうを歩いている人たちの姿が、ポプラの高さに比較して非常に小さく見えました。

このようなポプラ並木は、以前訪れたパリ近郊などヨーロッパではよく見かけましたが、日本で見るのは初めてでした。日本にあるポプラの樹は、明治期に導入された外来種だそうです。

そのポプラ並木を歩いていると、ふと人だかりがしているのを見つけました。のぞき込むと、なんと猫ちゃんの背中に黄色いインコが乗ってちょんちょんと動き回っていました(下の写真)。

猫の背にカナリア

 いかにも広々とした水辺の公園にふさわしいやさしい光景でした。

この猫ちゃんとインコは、どちらも、この公園の近くに住んでいる方が飼っているものだそうです。きっとお互いに生まれたときからその飼い主さんのもとで仲良く育てられたのでしょう。

このコンビは、現在ではこの水元公園の名物になっているそうです。

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           インコの休む
              夏木陰


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(2017/08/18(金) 06:46)

 作家有島武郎の情死
 新幹線軽井沢駅の北1.8kmほどのところに、このあたりでは有名な旧軽井沢交差点という場所があります。

その旧軽井沢交差点から北北西約2kmのところに、「旧三笠ホテル」 という歴史ある建物があります。昔は草津軽便鉄道の 「三笠駅」 というのがこのホテルのすぐ近くにあったということです。

三笠ホテルは、実業家山本直良によって明治38(1905)年にオープンされました。現在では三笠ホテルの建物は、明治の軽井沢を現代に伝える貴重な文化遺産として国の重要文化財に指定されています。

旧三笠ホテル

 ホテルの創立者山本直良氏の妻は、作家有島武郎の妹でした。山本氏自身も文学者や芸術家との交友が多かったので、このホテルには作家・文学者などが盛んに宿泊するようになりました。

前記のように作家有島武郎は当ホテルと縁が深く頻繁に訪れましたが、自分の別荘浄月庵もこのホテルの近くにあり、夏はその別荘に滞在することが多かったそうです。

有島武郎の妻は早く亡くなりましたが、その後武郎は中央公論社の記者波多野秋子と親しくなりました。やがて秋子の夫の介入するところとなり、疲れ果てた武郎は、大正12(1923)年6月、45歳のとき秋子とともに上記別荘浄月庵で情死を遂げました。

情死の少し前、武郎は次の短歌を詠んだそうです。

      世の常のわが恋ならば
        かくばかりおぞましき火に
          身ばや焼くべき     有島武郎

武郎には亡くなった前妻との間に3人の子供がありました。その長男が、後に俳優森雅之になりました。黒澤明監督の 《羅生門》 、林芙美子原作の 《浮雲》 などの作品に出演した俳優です。

有島武郎は情死の数年前に 『惜しみなく愛は奪ふ』 という評論を書いています。その評論と軽井沢情死事件とは関連が深いと受け取られ、世間で大いに騒がれたということです。

その別荘浄月庵は、現在ではカフェとなっています。にぎやかな軽井沢銀座からほんの20分ほど歩いたところにあるその建物は、情死から100年近い歳月を経て旧軽井沢の林間に静かにたたずんでいました。

別荘浄月庵の跡


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(2017/08/14(月) 11:58)

 銚子電鉄で犬吠へ
 皆様は、NHKテレビの天気予報の時間で、「各地の気温」 という画面をご覧になっているでしょうか。その画面で、関東地方で夏最も気温が低くしかも冬最も気温が高いのが、千葉県最北部の都市銚子です。

たとえば夏では、東京が32度のとき、銚子は27度ぐらいのことが多いようです。昨8月9日は東京では37度を超える猛暑でしたが、銚子は気温は28度を少し上回るくらいでした。

その理由は、関東の地図を見れば、一目瞭然です。千葉県東北部、茨城県東南部は半島のように東に突き出していますが、銚子はその突端にあって黒潮の中にどっぷりと浸っています。

そのため、銚子の気候は年間を通じて寒暖差の少ない典型的な海洋性気候となっているのです。

銚子の気温

 とりわけ暑さの厳しい今年の8月はじめ、私どもは銚子の夏を体験すべくJR総武本線の特急で銚子に向かいました。

銚子には 「銚子電鉄」 というミニ電車があります。チンチン電車が大好きな私どもは、それを利用して灯台があるので有名な銚子の名勝犬吠崎に行くことにしました。

銚子電鉄は、3両編成のうちの1両がご覧のような開け放しの遊覧車で、車両の外側は青い波の模様が塗られています。

夏季だけ運行しているとのことですが、東南アジアかアフリカの電車のような開放的な雰囲気で、大好評だそうです。私どももそのオープン遊覧車に乗り込みました。

銚子電鉄

 銚子は、上記のように年間を通じて気候が穏和で、それを生かした各種野菜の生産で有名です。特にキャベツ、とうもろこし、たまねぎなどの生産高が大きく、首都圏に向けて大量に出荷されているそうです。

遊覧車は、その広大な野菜畑の中の単線軌道を半島の突端にある犬吠崎に向けて進行します。海からの風がとうもろこし畑をわたってきて、開け放しの車両の中を吹き抜けて行きました。

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          香は遊覧車を
             吹き抜けぬ


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(2017/08/10(木) 07:10)

 川遊び・西丹沢
川遊び・西丹沢

 私どもは、群馬県草津のホテルの会員になっていてときどき行っています。しかし、やはり草津はかなり遠いので、もう少し東京の近場で簡単に行けるところはないだろうかとかねてより探していました。

今回は、小田急線沿線の神奈川県山北町の近く、丹沢湖のある西丹沢のあたりを調べたところ、丹沢湖からまたバスでかなり山に入った箒沢(ほうきざわ)というところに民宿が見つかりました。

そのあたりは、東京の水源地である丹沢湖に注ぐ渓流に沿った地域で、昔は御料林として保護されていたそうです。

民宿に着き、涼しい風が吹き抜ける二階の部屋で一休みしてから、民宿の前から崖伝いのけわしい道を降りて渓流に向かいました。

渓流の岸の近くまで降りてくると、近所の子供たちが10人ほど流れの中でにぎやかに水遊びをしていました(上の写真)。

なにしろ東京都の水道のもとになっている渓流なので、ご覧のように水質は申し分ありません。子供たちが水中眼鏡をかけて渓流に飛びこんで、底にいる魚などを盛んに探しています。

        渓流に         人気blogランキングへ
           もぐれば青き
              光満ちて

この渓流には、カジカなど魚や沢蟹などがたくさんいるとのことでした。

水がきれいなだけに水温が低いようで、子供たちは、ときどき渓流の岸にあがり岩の上で甲羅を干してはまた水に飛び込んでいました。


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(2017/08/06(日) 06:45)

 ホリエ・ロケット失敗
 だいぶ前の話で恐縮ですが、小泉郵政劇場といわれた2005年の総選挙でひと際話題をにぎわしたのは、ホリエモンこと堀江貴文さんの選挙戦でした。

結果としては、堀江さんは大ベテラン亀井静香さんが何十年もかけて固めてきた地盤には食い込めず次点に終わりました。

さて、その堀江さんは、当時その名もホリエモン号という競走馬を持っていました。

ホリエモン号

 上記総選挙の投票日9月11日に、ホリエモン号は、あのハルウララで有名になった高知競馬に出走し、見事ぶっちぎりで初勝利を収めました(上の写真)。当時、ホリエモン号は、馬主に代わって初当選を果たした馬主孝行の名馬として競馬ファンの人気をさらいました(^_^)

       ホリエモン     人気blogランキングへ
          馬は当選
             秋いくさ

その堀江貴文さんが、今度は2013年に超低コストで小型衛星を軌道に投入する事業を北海道で起こしたそうです。

その宇宙ベンチャー 「インターステラテクノロジズ」(北海道大樹町)は、本年7月30日午後4時半ごろ、自社開発した初の観測ロケットを同町から宇宙空間に向かって打ち上げました。

ホリエモン 同ロケットは、直径約50cm、全長約10m、重さ約1トンの街で見かける電柱のような形状をしているそうです(左の写真)。

燃料に安価なエタノールを使用し、エンジンを自社開発するなどしてコストダウンを追求しました。

同ロケットは、轟音をあげ、火炎を噴射しつつ上昇して雲の中に消えました。発射から約4分後に高度100キロ以上に達する予定でしたが、目標の高度まで到達しないうちに地上との通信連絡が途絶えました。

 堀江さんは12年前の馬からロケットに乗り換えた形で今回のチャレンジをしましたが、今回のロケットはかつての愛馬ホリエモン号のようにはオーナー孝行ではなかったようです。

現在気象庁などで使われている観測ロケットは、1機当たり5億円もの打ち上げ費用がかかるそうです、ホリエ・ロケットはその10分の1に当たる5000万円(1機当たり)での打ち上げを目指すとのことです。

今回は人工衛星は積んでいませんが、将来的には超小型衛星を軌道に投入する大型ロケットの商用化を目標としています。

開発費用の調達が課題で、同社は今後もクラウドファンディングや新規スポンサーを通じた資金集めを進める方針です。

       文月(ふづき)尽        人気blogランキングへ
           ホリエ・ロケット
              海に墜つ


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(2017/08/02(水) 06:44)

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