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 冬至の空
ゆず 毎年12月22日ごろの冬至は、一年で太陽高度が最も低くなり、昼間の長さが一番短い日です。

冬至は陰が極まり再び陽にかえる日とされ、昔からその日に香りが高いゆずを入れたお風呂に入ると邪気をはらえるとされます。

私の家でも冬至の日にはスーパーでゆずを買い求め、ゆず湯にします。

冬至の空 毎年、冬至の前後の時期では、正午でも太陽は南の空の真上からかなり下がった位置にあります。

そしていつの間にやら時間が経って夕方になり、冬日はひっそりと空から姿を消してしまうのです。

 大空の
  片隅にある 
    冬日かな
       高浜虚子?

 このころは、太陽が低い位置にあるために空の中央部がひろびろと見渡されます。東京では建物が立て込んでいるため、太陽高度が低くなるこの時期は、日中でも太陽の姿が見えないことが多いのです。

この時期の広々とした空と薄い日の光を感じさせるこの作品は、私の大好きな俳句の一つです。これは確か虚子の俳句だったと思うのですが、検索してもわかりませんでした。どなたか、教えてくだされば幸いです。

虚子には、次の 「年惜しむ」 の佳句もあります。

        年惜しむ         人気blogランキングへ
           心うれひに 
              変りけり  高浜虚子

私どもの年齢になるとまさにこの通りで、新年は「嬉しくもあり、嬉しくもなし」といったところです。この俳句の淡々たる表現が、身にしみます。

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(2015/12/31(木) 07:16)

 馬事公苑の馬車
馬車

 世田谷区の馬の公園 馬事公苑 では、月に1度 「馬に親しむ日」 を設け、来苑者のために体験乗馬、馬車運行やポニーの演技などを実施しています。体験乗馬、馬車運行のコーナーでは、いつも子供づれの家族が整理券を求めて長い列をつくります。

馬事公苑の馬車は、上の写真のように黒い道産子(どさんこ)という日本在来馬が牽くことが多いようです。日本在来馬は、古墳時代に家畜馬としてモンゴルから朝鮮半島を経由して九州に導入されたということです。道産子は寒冷地北海道で農耕など使役を目的に飼育されていた馬で、ご覧のように馬体が大きく黒毛で毛が長いのが特徴です。

特に脚の毛は、雪道を走るのに対応したのでしょうか、くるぶしを覆うほどに伸びています。いかにもこの冬の時期がよく似合う馬ですね。
道産子は近年飼育数が激減していますが、その存在感を愛でるファンは多く、各地で道産子を保存する努力が行われているそうです。

馬事公苑の馬車の乗り場では、長い間行列してやっと自分の番がきた子供たちが大喜びで馬車に乗り込みます。歓声をあげる子供たちをたくさん乗せて、道産子馬車は馬事公苑の中のコースを鈴の音を響かせながら二回りして帰ってきました。

        短日や         人気blogランキングへ
           道産子馬車の
              鈴の音

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(2015/12/27(日) 06:56)

 ボロ市の托鉢僧
ボロ市 世田谷では作業着の繕いやわらじの補強に利用するボロが安く売られる市が江戸時代から開かれており、 いつしかボロ市と呼ばれるようになりました。昔はボロ市では主として近郷の農村が必要とする農耕具、古着市、正月用品などが売られましたが、最近は食料品、衣料・装身具、おもちゃ、骨董などの店が中心です。

ボロ市 世田谷ボロ市は、東急世田谷線上町駅前の「ボロ市通り」を会場として開催されます。ボロ市通りの端がT字路になっていますが、そこに網代笠(あじろかさ)をかぶったお坊さんが立っていました。
褐色の僧衣を着て、左手に喜捨を受ける黒い鉢をもち、右手には小さな鈴を下げています。
たしか、この人は昨年のボロ市の際もこの辻に立って托鉢をしていました。

 お坊さんは、買い物客が波のように行きかうボロ市の辻にほとんど身じろぎもせず立ったまま、ときどきちりんと鈴を振って小声でなにかお経の文言を唱えていました。

宗派によっては僧侶に対して托鉢の鑑札(許可証)を発行し、檀家の家々や公道などで托鉢をする際はその鑑札を携行するのを義務付けているそうです。このお坊さんもなにかの宗派から受けた托鉢鑑札を僧衣のなかに持っているのでしょう。

        ボロ市の         人気blogランキングへ
           辻で鈴振る 
              托鉢僧

木枯らしが僧衣をゆらして吹きぬけるボロ市の辻で静かに托鉢するお坊さんのもとに歩み寄り、若干の喜捨を鉢の中に入れると、お坊さんは網代笠を軽く傾けてから手にした鈴をちりんと鳴らし、なにか低い声でお経を唱えました。

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(2015/12/23(水) 07:45)

 東京オペラシティのツリー
christmas16.jpg

 東京オペラシティは、1995年12月に東京・新宿副都心の近く初台に設立された「劇場都市」です。日本初の本格的なオペラハウス新国立劇場が中核となり、ほかにオフィス、コンサートホール、アートギャラリー(美術館)、 レストラン、ショップも持つ複合文化施設です。飲食・物販・サービスなど50を超える店舗がテナントとして入っているそうです。

最近、ここのクリスマス・イルミネーションが評判が高いので、昨日行ってみました。地下鉄都営新宿線初台駅のホームから出て2分ほど歩いてオペラシティのサンクガーデンに入ると、目の前に高さ12mの巨大なクリスマスツリーがそびえていました。

ツリーは、ご覧のように、LEDのカラー豆球で満艦飾をしたうえに、赤いテープでぐるぐると根元からてっぺんまで巻き上げたようなイルミネーションがしてありました。日が落ちてあたりが暗くなるにつれ、ツリーのイルミネーションがますます華やかさを増してきました。

イルミネーションは光の色がさまざまに変化し、それに大音響の音楽が連動する演出になっています。サンクガーデンの周りを埋めた観衆が、ダイナミックなイルミネーションに見入っていました。

そのクリスマスツリーのまえに、さまざまな大道芸人たちが次々に登場して自慢の技を披露していました。上の写真右は奇術とダンスを組み合わせた大道芸で、なかなかスタイルのいい女性の芸人が男性の人形を相手にダンスをしたり、面白わざを演じたりしていました。

        オペラシティ         人気blogランキングへ
           ツリーの前で
              大道芸

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(2015/12/19(土) 07:14)

 カエデもみじ
fuyumomiji6.jpg

 本年は、東京は秋の終わりになっても暖かい日が続き、紅葉が例年より一週間以上も遅れていました。12月になってからようやくかえでの紅葉が本格的となり、インターネットの世界でも東京各地のみごとな紅葉が大いに話題になりました。

NTT東日本研修センターはNTT東日本グループの総合研修所で、武蔵野の面影をとどめる約20万平方メートルの広大な敷地の中に、センタービル、研修棟、宿泊棟、大食堂などが設置されています。
上の写真は、東京西部の隠れた名所として知られるそのNTT東日本研修センターの構内で撮影したカエデもみじです。

俳人三橋鷹女は明治33年(1899)年に千葉県成田市に生まれました。鷹女は当時中村汀女、星野立子、橋本多佳子ともに女流俳人4Tと呼ばれました。その鷹女に次のもみじの俳句があります。

        この樹登らば         人気blogランキングへ
           鬼女となるべし
              夕紅葉   三橋鷹女

室町時代に観世信光が作った能の名作 「紅葉狩」 は、鬼女が美女に化けて人を襲うというストーリーです。燃えるような真紅となるカエデもみじが、 「紅葉狩」 を詠んだこの俳句にもっともふさわしいと思います。

鷹女は俳句の結社には属せず、自由な作句で俳句界に新風を吹き込みました。 現代の私どもには、鷹女の俳句は凛とした気品と瑞々しさに満ちているように感じられます。

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(2015/12/15(火) 06:49)

 亀戸天神の黄落
亀戸天神

 東京江東区亀戸にある普門院というお寺で、親類の十三回忌がありました。このお寺は東京の大きな天満宮の一つ亀戸天神の近くにあり、亀戸天神の末寺になっているということでした。

普門院で法要が終わってから、みなでそのお寺から徒歩5分ほどのところにある亀戸天神を訪れました。この神社は、学問の神様天神様として有名な菅原道真公を祀っています。
京都や大阪には天満宮は多数ありますが、東京では大きな天満宮はほかには湯島天神などほんの数ヶ所しかありません。

天神様は学問の神様とのことで、毎年2月ごろの受験シーズンには亀戸天神は合格祈願の参拝客で大賑わいとなります。しかし、現在は初冬の静かさの中、境内には人の姿もあまりありませんでした。

亀戸天神の大鳥居をくぐると心字池という大きな池があり、そこに3つの橋がかけられています。これは菅原道真公が失意のうちに没した地九州大宰府天満宮の境内にならって造られたということです。

亀戸天神は昔から心字池のほとりにある藤が有名で、5月ごろのシーズンには遠方からもたくさんの見物客が集まります。その藤棚も、現在は上の写真のように藤棚は一面の黄色の藤もみじとなっていました。

初冬の明るい空のもと、池にかかるたいこ橋の朱色が藤の黄落にあざやかに映えていました。

        藤もみじ         人気blogランキングへ
           池には朱き
              たいこ橋

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(2015/12/11(金) 07:18)

 二宮尊徳とスマホ
スマホ つい先日、家の近くを歩いていたとき、急に角を曲ってきた高校生くらいの男の子にぶつかりそうになりました。スマホを手に持って画面に見いりながら横丁から街路に飛び出してきたのです。

東京消防庁管内では、平成22年から26年までの5年間で、歩きスマホ等に係る事故により152人が救急搬送されました。

 上記東京消防庁調査で、場所別の救急搬送人員では、「道路・交通施設」が122人と最も多く全体の8割以上を占めており、その中でも「駅」での発生が38人となっていました。

東京消防庁は、歩きスマホや携帯について、「自分自身がけがをするだけでなく、周囲の人を事故に巻き込む恐れもあり、大変危険である」と注意を呼び掛けているそうです。

二宮尊徳 以前、静岡市の駿府城址の近くで二宮尊徳の石像を見つけました。二宮尊徳は江戸時代18世紀末の思想家で、小田原の近くに生まれました。

少年時代に父母が死去し、尊徳は伯父のもとに身を寄せることになりました。伯父の家で農業に励むかたわら、尊徳は寝る間も惜しんで読書をしたということです。

 尊徳は、少年時代は常に書物を懐に入れて持ち歩き、薪を背負いながら本を読んで歩いたとされます。昔はその姿の石像が小学校などに立っていましたが、今回静岡で見かけたのもその一つでしょう。

さて、公道や駅で歩きながらスマホを見ている人はどんな画面を見ているのでしょうか。メールやSNSを見ている人もかなりいるようですが、大多数はゲームをしていたり、漫画やYouTubeで動画を見ていたりだそうです。昔の二宮尊徳さんとはだいぶ違うようですね。

        スマホ手に         人気blogランキングへ
           尊徳歩む 
              冬街路

最近さる調査機関が社会人200人(男女各100人)に実施したアンケート調査によると、「歩きスマホ」を法令で禁止し、罰金を科すなど厳しく取り締まるべきだ」と考える人が61.5パーセントを占めたそうです。

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(2015/12/07(月) 06:47)

 勤労感謝の日
 1621年に現在のアメリカ東部プリマス海岸に漂着した清教徒たちは、上陸地の近くに小さな開拓村を造り、厳しい気候の中、なれない土地での困難な生活を始めました。
清教徒たちがプリマスに到着した年の冬は大変厳しく、食糧不足と寒さのためにみな大変苦しみましたが、近隣に居住していた先住民たちがこの地方で収穫できるとうもろこしの栽培法などを指導してくれたので、清教徒たちはかろうじて命をつなぐことができました。

翌1622年はとうもろこしの栽培が軌道に乗り、秋にはみなが食べてゆくに十分な収穫を得ることができました。そこで清教徒たちは先住民たちを招待し、神の恵みに感謝してともに秋のご馳走を楽しみました。

勤労感謝の日 イギリスに昔からあった収穫感謝祭の伝統がプリマス植民地に持ち込まれ、11月の第4木曜日を「感謝祭」 "Thanks Giving Day" として祝うようになりました。

アメリカでは当時野生の七面鳥がいたるところにいたので、感謝祭ではディナーとして七面鳥の丸焼きを食べるのが習慣になりました。

 なぜか、アメリカの「感謝祭」は、日本では俳句の初冬の季語として歳時記に掲載されています。明治・大正の俳人にはクリスチャンがかなりいましたが、その影響でしょうか。

しかし、現在では、「感謝祭」を詠んだ俳句というのはほとんど見かけられません。アメリカに在住している俳句愛好者の作品には、「感謝祭」がときどき登場するようです。

勤労感謝の日

勤労感謝の日 農業国家日本は、古くから神々に五穀の収穫を祝う風習があり、11月の末には「新嘗祭」が行われてきました。
その日が第二次世界大戦後のGHQの占領政策によって神道から切り離される形で「勤労感謝の日」に改められました。
この改定には、時期的にも近いアメリカの感謝祭が影響しているとされます。

 高浜虚子の孫である稲畑汀子さんは、虚子の教えを守って日本伝統俳句協会の会長を務めています。毎日投稿句など数百句に目を通して添削するなど、多忙な日々を送っておられるようです。
その稲畑汀子さんが詠んだ勤労感謝の日の俳句を目にしました。

         筆置きて        人気blogランキングへ
           明日は
              勤労感謝の日   稲畑汀子

勤労感謝の日の前日、夜遅くまで仕事をしてようやく終えることができ、明日の勤労感謝の日に思いをはせたのでしょう。

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(2015/12/03(木) 07:21)

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