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 雨ほしや
中村草田男の墓

 東京地方は、7月の中旬に梅雨明けして以来、現在の8月下旬までほんの数日しか雨が降っていません。ずっと30度を大きく越える暑い日々が続いて庭の植木などもからからに乾いてしまったので、その間何度も水をまいてなんとか助けてやりました。

真夏で高温が続いたときにはよく雷雨・夕立が発生するものですが、今年はそれらもあまりありません。他の地域では雨が降っても東京地方にはほとんどお湿りが回ってこないのです。
おまけに、東京など大都市の夏は夜間にもあまり気温が下がりません。日中強烈な日射を受けたコンクリートや道路が夜間に熱を放ち続けるためでしょう。ぜひ地面をしっかりと冷やすくらいの大雨がきてほしいと願うのみです。

しかし、今年は熱帯海域の海水温が高いということで、日本の南方では台風が盛んに発生しています。一度に二つも大型の台風が発生することが多いようです。これも地球温暖化が進行した影響でしょうか。

現在はダブル台風の一つ、台風15号が石垣島を襲い、大きな被害が出たということです。石垣島の皆さまには、深くお見舞いを申し上げます。この台風は次に九州西部に向かって移動しているようで、政府は警戒を呼びかけています。

東京地方は当面は乾燥が続くとのことですが、そろそろ太平洋高気圧が弱くなって少し雨が降ってくれないかと期待しています。

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           されど出水は
              恐ろしき

四季の風物 | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2015/08/25(火) 06:49)

 馬事公苑・お化け屋敷
馬事公苑・肝だめし

 毎年8月の初めに、世田谷区馬事公苑で世田谷区民まつりというイベントが行われます。本年は数えて36回目にあたり、8月3日(土)、8月4日(日)の2日間で夏休み入りした子供たちをはじめ33万人の方々が馬事公苑の会場を訪れました。

馬事公苑では正門を入ると広い通りが苑内を貫いていますが、その通りの両側には各種の出店が隙間なく並び、来場した人々がゆっくりと歩きながら出店の商品を物色したり、食べ物を買ったりしてました。

広い馬事公苑のあちこちで、さまざまな子供向けのイベントが行われていました。馬事公苑の林にある遊歩道の入口には、子供たちに大人気のお化け屋敷が作られました。(上の写真)。

「きもだめし」と書かれている小屋の入口からのぞくと、中は気味悪く真っ暗になっていて天井からなにかぶら下がっていました。ときどき、どこかからおどろおどろしい音が聞こえてきます。
テレビのアニメの影響で最近の子供たちはお化けを怖がらなくなったといわれますが、このクラシックなお化け屋敷は子供たちにうけたでしょうか。

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           アニメでいつも
              見る姿

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(2015/08/24(月) 06:55)

 中村草田男の墓
中村草田男の墓

 中村草田男は、昭和4年、29歳のときに虚子のもとに入門して本格的に句作を始め、昭和9年には 『ホトトギス』 の同人になりました。

やがて加藤楸邨、石田波郷らとともに、所属結社を超えて人間の内面の表現追求を目指す創作活動を行うようになりました。文芸評論家山本健吉は、このグループを「人間探究派」と名づけました。

その後、草田男は「明治は遠くなりにけり」、「万緑のなかや」などの名句を発表し、俳句界で大きな存在感を示すようになりました。
「万緑のなかや」の句碑が、東京都調布市の古刹深大寺に置かれています。草田男は五日市市在住で、また成蹊高校の教授を長く勤めたので、この地に縁がありました。

中村草田男は、昭和58年8月に82歳でこの世を去りました。草田男の墓は住んでいた家に近い東京あきる野市の五日市霊園にありますが、その墓碑に次の俳句が刻まれてあるそうです。

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           地の塩なれや
              梅真白   中村草田男

地の塩とは、新約聖書マタイ伝福音書にイエスの山上の垂訓として次の記述があるのを指すとのことです。

  「汝らは地の鹽なり、鹽もし効力を失はば、
  何をもてかこれに鹽すべき。
  後は用なし、外にすてられて人にふまるるのみ。」

この言葉は、「私、イエスの教えに従ったものは、塩が食品の貯蔵に役立つように、世の中にとって価値がある」という意味だそうです。

この俳句が詠まれた昭和19年当時、草田男は旧制成蹊高校の教授をしており、学徒動員に応じて学生たちを戦場に送り出す立場にいました。この俳句は、学業半ばで不利を伝えられる戦場におもむく学生たちへのはなむけとして詠んだとされます。

草田男は、若いころからキリスト教に関連する俳句を多数詠んでいました。死の前日、草田男は、妻の勧めもあり、病床でカトリックの洗礼を受けてクリスチャンになりました。

その草田男が上掲句を自らの墓碑に刻ませたのは、戦場に散った教え子たちを思ってのことでしょうか。

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(2015/08/17(月) 06:39)

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