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 吉田松陰の墓所
shouin12.jpg

 長州藩出身の幕末の志士吉田松陰は、安政の大獄により捕らえられ安政6年10月27日に打ち首になりました。
松蔭神社はその吉田松陰を祀った社で、東京都世田谷区と山口県荻市にあります。松陰は自宅を松下村塾と名づけて長州藩の子弟を集めて教育にあたりましたが、それにちなんでどちらの松蔭神社も学問の神社として広く信仰されています。

世田谷の松蔭神社では22日から例大祭となり、神社の最寄り駅である東急世田谷線松陰神社前の町は松蔭にちなんだ「幕末維新祭」で賑わいました。山口県荻市をはじめ山口県各地の物産のマーケットが神社の前で開かれて、買い物客を集めていました。

神社内の墓地の奥まったところに松陰の墓所があり、松蔭の冥福を祈る人々が引きもきらずに訪れます。郷里荻市から贈られた見事な菊が供えられ、線香の煙が絶えることなく立ち昇っていました。

         菊手向け     人気blogランキングへ
            香たき
               松蔭敬(うやま)いぬ

私どもも毎年ここを訪れていますが、今年、松陰の墓所からそう遠くないところに映画俳優早川雪舟さんの墓があるのを知りました。早川さんは吉田松蔭の近くに眠りたいとして、ここに墓をつくられたそうです。

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(2013/10/31(木) 07:02)

 ロッテ、日本シリーズを制す
valentine12.jpg

 日本シリーズは、ロッテ・マリーンズが4連勝し、31年ぶりの日本一の栄冠を手にしました。

万年下位だったチームがリーグ優勝し、さらに4連勝で日本シリーズを制したとなると、私どもオールドファンは、昭和35年の大洋ホエールズを思い出します。
前年セリーグ最下位だった大洋ホエールズが名将三原監督の就任で日本一になったもので、当時は三原マジックによる奇跡の優勝と話題をさらいました。
このときの大洋ホエールズは、シリーズの第一戦から4戦まで細かな投手リレーですべて1点差で勝って4連勝しました。

しかし、今回のロッテ・マリーンズは、打線は4試合で33点をたたき出し、一方投手陣は相手の打線をほぼ完璧に抑え込むという圧倒的な強さでした。
ボビーことロッテのバレンタイン監督は、三原監督に負けない魔力を発揮しました。

   冴えわたる
     ボビー魔術の
       夜長かな

日本に野球を導入したのは、俳人正岡子規です。子規、その親友漱石をはじめ、俳人と野球のかかわりあいについては「野球と俳句」をご覧ください。阪神タイガースが前回リーグ優勝したころのページです。
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(2013/10/29(火) 17:35)

 広島城・お堀の鯉
お堀の鯉

 最近、所用ではじめて広島市を訪れました。泊まったビジネスホテルのマネージャーが、近くに広島城の城址があると教えてくれたので、仕事の相間に行ってみました。

城址に近寄ってみると、しっかりとした石垣の上に城楼が建てられており、その下には幅広い立派なお堀がめぐらされていました。

広島城は、いくたびかの戦乱にも大きな被害を受けることもなく生き残ってきましたが、第二次大戦で原爆の直撃にあって一挙に崩壊しました。

その後、1952(昭和32)年に大天守部分のみが復興されて、現在広島城資料館として利用されています。復興された大天守は壮大ですが、それでも創建当時の偉容には遠く及ばないそうです。

広島城址を取りまく壮麗なお堀は戦国の昔のままに静かに水を湛えています。広島城は鯉城(りじょう)ともよばれるそうですが、それは昔からこのお堀に錦鯉がたくさんいたからです。
ちょうど鯉にえさをやる時間で、お堀の鯉は上の写真のようにえさ場の水面で押し合いへし合いの状態でした。

        錦鯉         人気blogランキングへ
           お堀に彩(いろ)を
              満たしおり

広島市を本拠とするプロ野球チームは、このお堀の鯉から広島カープという名になりました。まさに鯉は100万都市広島のシンボルなのです。

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(2013/10/27(日) 06:51)

 日本シリーズ、タイガース3連敗
tora24.jpg

 日本シリーズは、ロッテが千葉で2連勝したあと敵地甲子園でも圧勝し、3連勝となりました。タイガースは、本拠地での熱烈な声援にも応えられず、窮地に追い込まれました。先発投手が点を取られると後はずるずると大量点を許すという展開は、今年タイガースがカモにしたジャイアンツの闘いぶりを見るようです。
タイガースの皆さん、全国1000万といわれる虎ファンのために、ぜひ今晩はがんばってください。

上の写真は、一昨年タイガースがリーグ優勝したときの虎くんです。げんをかついで、また登場してもらいました。

     虎窮す
       夜長の声援
         むなしかり



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(2013/10/26(土) 16:46)

 日本シリーズ ロッテ2連勝
tora12.jpg

 千葉市で始まった日本シリーズは、ロッテの2連勝となりました。これまでは、ボビーことバレンタイン監督の采配がずばりと当たっており、タイガースは少々苦しい立場となりました。
私はルーツが千葉県なので、どちらといえばロッテを応援していますが、やはりタイガースがシーズン中に見せた野球を思い出して面白いシリーズにしてくれたらと思います。ぜひ、甲子園に帰ってからファンの熱烈な声援をバックにがんばってください。

上の写真は、近くの商店街のイベントに出演した虎くんです。私のリクエストに応じてVサインを出してくれました。

歳時記で、次の俳句を見つけました。

     爛々と
       虎の眼(まなこ)に
         降る落葉    富沢赤黄男
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(2013/10/24(木) 00:04)

 吉川英治記念館
吉川英治記念館

 小説 『宮本武蔵』 などの作者として知らない人はいない国民的作家吉川英治さんは、1892年に横浜市に生まれ、1962(昭和37)年9月7日に亡くなられました。享年70歳でした。

吉川さんが生前住んでいらっしゃった東京都青梅市の邸宅が、現在では吉川英治記念館となっています。私も2度ばかりこの記念館にいったことがありますが、吉野梅郷に近い山際の邸宅で、庭園はさまざまな季節の表情が大変豊かでした。

記念館内部には、「宮本武蔵」、「太閤記」、「新・平家物語」などの自筆原稿、仲間の作家たちや出版社など関係者とやりとりした書簡、数多くの短冊、文具など身の回りの品々などが展示されています。

吉川さんは俳人としても知られ、特に思いやりのある暖かい句が多い方でした。吉川さんの命日は萩の花が咲き始める時期ですが、この方にはやさしい萩の花がとてもよく似合います。

        主去りし      人気blogランキングへ
           屋敷の門に
              萩紅く

萩の花をそなえ、謹んで吉川さんのご冥福をお祈りいたします。

私も、50年にも及ぶ宮本武蔵ファン、吉川英治ファンで、多くの思い入れがあります。詳しくはこちらを御覧ください。

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(2013/10/23(水) 06:41)

 ハルウララ引退
uma14.jpg

 高知競馬所属の牝馬ハルウララは、負けても負けてもめげずに激走する姿が人気をよび、映画やレコードにまでなりました。
そのハルウララも、連敗を重ねているうちに10歳に近くなりました。10歳というと、人間の年齢では40歳近くにあたります。「無事これ名馬」という言葉がありますが、この世界で勝てなくてもこれまで無事に戦ってきたということだけでもたいしたものです。

そこで、最後に引退記念レースをしてやろうということになり、ハルウララはそれに向けて馬調を整えるため、栃木の牧場で休養していました。

しかし、馬齢のせいか調子がなかなか上がらなかったので、馬主がとうとうあきらめて、引退レースは行わないことに決まりました。

ハルウララは、引退後は生まれ故郷・北海道の乗馬体験型観光施設で余生を過ごす予定とのことです。

        すすき咲く
           ウララにもはや         人気blogランキングへ
              負けはなし

ウララちゃん、この厳しい世界で長年どうもお疲れさんでした。あとは、観光客の相手をしてゆっくりすごしてください。
なお、上の写真はハルウララではなく、世田谷区の馬事公園で見かけた栗毛の牝馬です。
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(2013/10/22(火) 07:37)

 保育園の昼寝どき
きんもくせい

 私の家の近くに世田谷区立の保育園があります。最近はお母様方が働いていらっしゃることが多いので、保育園はどこも満員とのことですが、ここにも50名を超える園児がいるそうです。

子供たちは、ふだんは保育園の庭で跳んだりはねたりわめいたりで、まさにピーピーキャーキャーの大騒ぎです。しかし、園児たちは昼近くになると園舎に入り、お昼ご飯を食べてから2時間ほど昼寝をするようです。その間は保育園はうって変わってしんと静かになります。午前中があれほどにぎやかだったのが、信じがたいくらいです。

その時間帯に保育園の横を通りかかると、馥郁とした香りが漂っているのに気がつきました。保育園のほうを見ると、保育園の庭にある大きな金木犀が金粉のような細かい花を木いっぱいにつけていました。

        保育園      人気blogランキングへ
           木犀かおる
              昼寝どき

しかし、この静かさはそれほど長く続きません。3時ごろには園児たちは昼寝からさめておやつを食べます。十分に寝てお腹もふくれた子供たちは、午前中を上回る元気さでピーピーキャーキャーを再開します(^_^)

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(2013/10/19(土) 06:31)

 世田谷の放射能さわぎ
吉川英治記念館

 2011年3月11日の東北関東大地震で亡くなられた方々に深くお悔やみを申し上げます。住民の皆様が一日も早く以前の生活をとり戻すことができるよう、心からお祈りいたします。

大地震後に起こった原発事故により、東北のみならず関東など各地に大量の放射性物質が飛散し、農作物などに被害が発生しています。

10月中旬、東京都心南部の世田谷区弦巻に突如放射能汚染の恐れが出てきました。ある民家に隣接した区道の一部にかなり放射線レベルが高い部分が発見されたというのです。

その場所は、私の家から歩いても行ける距離にあり、私もときどき散歩で通っていたところです。テレビで見ると、たしかその民家には見覚えがありました。まさか、そのような静かな住宅地に放射能汚染さわぎが起こるとは信じられませんでした。

その後、世田谷区役所の手配により専門業者が調査したところ、この放射能は福島の原発に由来するものではなく、その民家の床下に放置されていたラジウムを含む物質から発生しているのがわかりました。
昔、夜光塗料として使われていたものかということですが、そのような放射性物質がなぜその民家の床下に置かれていたのかは不明だそうです。

結局、その物質を厳重な鉛の容器に入れて持ち去った結果その近辺の放射線レベルは正常になり、ともかく今回の放射能さわぎは一件落着となりました。思いがけずも、目にも見えずに影響を及ぼす放射性物質の恐怖を感じる事件でした。

        世田谷の      人気blogランキングへ
           ラジウム除去し
              暮れ早し

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(2013/10/16(水) 07:03)

 保育園の運動会
運動会

 家の近くの道路を歩いていると、急に大勢の人の歓声が聞こえてきました。家の近くにある区立の保育園の運動会が今日行われるという案内があったのを思い出しました。一年のうちで、体育の日の前後が運動会がもっとも多い時期です。

保育園の前にに行ってみると、保育園の門の上には「うんどうかい」と書かれた大きな看板が掲げられており、園庭にはロープが張られてたくさんの色とりどりの小旗が翻っていました。
狭い園庭に保護者の方々がたくさん集まって声援を送っています。これから紅組と白組の綱引きが始まるところでした。

園児たちが紅組・白組の両方に分かれて綱引きをはじめると、保育士さんが大きな旗をふって応援します。周りでは父兄の皆さんがやんやの声援で、保育園が割れんばかりの騒ぎでした。

私は父兄ではないので保育園の門の外から見ていましたが、ふと気がつくと、私の隣に私の家の近所の方がきてやはり運動会を見ていました。向こうも気がついて、笑いながらやあと挨拶をしました。

出番を終えた子供たちは、園庭の周りにいる両親のところにいって、甘えながら綱引きの様子を誇らしげに話していました。

        一等賞      人気blogランキングへ
           かざし身を寄す
              子の温(ぬく)し

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(2013/10/15(火) 06:30)

 世田谷八幡宮・奉納相撲
奉納相撲

 八幡様は武道の神様なので、八幡宮には剣道、相撲などの道場が併設されていることがあります。ここ世田谷八幡宮の境内には立派な相撲土俵があり、秋の例大祭には奉納相撲が行われます。

当八幡宮の奉納相撲は、江戸時代には「江戸三大相撲」の一つといわれたそうです。その伝統でしょうか、この地域には相撲が盛んな学校、大学が多く、高校や大学の相撲選手権でも活躍しているようです。

今年の奉納相撲は、9月14日(土)の午後2時から行われました。最初に宮司が祝詞をあげ、ついで土俵を塩で清めて出場者の無事を祈ります。その後この神社の近くにある東京農大相撲部の皆さんが、団体戦、個人戦を見せてくれました。

大相撲とは違って、行司の掛け声で一発立ち合いです。行司も、やはり東京農大相撲部の役員のようでした。秋晴れのもと、満員の観客のまえで、行司が勝ち力士の名前を高らかに告げました。

        秋晴れや        人気blogランキングへ
           奉納相撲
              勝ち名乗り

昔は、奉納相撲の勝敗で来年の豊作、凶作を占ったそうです。奉納相撲の前に役員の方があいさつをしましたが、その中で、奉納相撲は祭りの余興ではなく神事の一環であると強調していたのが印象的でした。

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(2013/10/11(金) 06:40)

 いのしし牧場
いのしし牧場
 夏の終わりに群馬県草津に行きましたが、帰路は草津からバスを利用して白根山経由で軽井沢に抜けました。草津にはよく行きますが、このコースで東京に帰るのは初めてでした。

インターネットで調べて、その途中の北軽井沢に「いのしし牧場」があるのを知りました。

実は、私は毎年えと動物の写真をウェブページで公開しています。
来年のえとはいのししなので、その牧場に寄っていのししの写真を撮らせてもらうことにしました。北軽井沢でバスを降りると、昔の軽井沢を思わせるひなびた避暑地という趣きのあるところでした。

軽井沢一帯は、まさに「自転車特区」という感じで、どこにいっても自転車が走り回っています。私どもも、バス停の前にあった貸し自転車屋で自転車を借り、道順を教えてもらっていのしし牧場をめざしました。
北に草津白根山、西に浅間山を遠望するひろびろとした高原を快適にサイクリングして、20分ほどでいのしし牧場に着きました。

見ると、鉄柵で囲まれた大きなスペースの中にたくさんのいのししが歩き回ったり、寝転んだりしています。そのスペースの高いところに通路がかかっているので、私どもはそこから写真を撮ることができました。

上の写真は、いのししの子供の群れです。子供のうちは写真のように横縞があるので、瓜坊とよばれます。瓜坊は、やはり人間の子供と同じで非常にすばしこいので、写真を撮るのにだいぶ苦労しました。

        瓜坊は
           レンズの視野を         人気blogランキングへ
              駆け抜けぬ

今回撮影したいのししの写真は、年末にはこちらで公開しますので、ぜひご覧になって年賀状などに利用してください。
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(2013/10/10(木) 06:47)

 軽トラでお神輿
軽トラでお神輿

 家の近くを歩いていると、遠くから祭り囃子(はやし)の音が聞こえました。この町内の神輿がこちらに来るのかとしばらく待っていましたが、一向にたくさんの人が動いてくる様子がありません。

しばらくすると、一台の軽トラックがゆっくりとこちらの方向に近寄ってきました。なんと、その軽トラックの荷台に紅白の幔幕が張られ、その上に金ぴかのお神輿がロープでしっかりと据え付けられていました。
軽トラのスピーカーからは、祭り囃子の音が流されていました。

最近は、少子高齢化の影響で、どの町内でもお神輿を担ぐ青少年層が不足しています。それでも大きな神社のある地域は比較的人数が集めやすいということですが、そのほかの地域では白髪のシニア世代ががんばってお神輿を担ぐ姿をよく見かけます。

頼りの綱のシニア世代も人数が足らなくなると、とうとう人間がお神輿を担ぐのはあきらめて、軽トラックの荷台に神輿をすえてスピーカーで祭り囃子を流しながら町内をまわって行くということになります。

        少子化で       人気blogランキングへ
           軽トラ神輿を
              担ぎゆく

安倍内閣の少子化担当大臣も、ぜひこの光景をご覧になって、強力な施策をうってもらいたいと思います。少子化担当大臣みずからこの町内でお神輿を担がれたら、うまいアイデアが浮かぶのではないでしょうか。

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(2013/10/07(月) 06:43)

 深大寺・扇塚
扇塚

 今年の8月、9月は、関東地方は連日晴天が続き、記録的な高温小雨の年になりました。猛暑にたたられ、葉物を中心に農作物にも大きな被害が出たということです。

9月の末になってからようやく雨が多くなり、落ち着いた秋らしい日々がつづくようになりましたが、地中深くまで乾燥してしまったせいか、例年初秋を飾る草花、花樹もダメージを受けたものが多いようで、公園などに散歩に行ってもそれほど花を見かけません。

その中で、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)は、秋口まで地中で球根でいるせいか例年通り元気にうす緑色の長い茎を伸ばし、その先に鮮やかな紅、白の大きな花を咲かせ始めました。

私どもはときどき調布市にある天台宗の古刹深大寺を訪れますが、少し前に行ったとき、釈迦堂の横に扇子の形をした大きな石がありました。
近寄ると、石の表には「扇塚」と刻まれてありました。舞踊家や役者の皆さんが、長年使って傷んでしまった扇を、いたわりと感謝を込めてこの塚におさめるのでしょう。
扇塚の石の前に、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)がちょうど茎を長く伸ばして鮮やかな花を咲かせていました。

       舞扇(まいおおぎ)
          納めし塚に
             曼珠沙華

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(2013/10/03(木) 06:43)

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