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 家具の転倒防止器具
家具転倒防止器具

 昨年の3月11日、私は自宅の3階で仕事をしていました。突然の強烈な揺れに襲われ、思わず椅子から立ち上がってそのまま足を踏ん張って立ち尽くしました。部屋の中の本棚や衣装ダンスなどが大きく揺れ動き、それらの上においてあったものが床に転落して大きな音を立てました。

その恐ろしい経験に懲りて、私どもは部屋に置いてある本棚など高い家具の転倒防止策を講ずることにしました。
最近では、スーパーなどにはさまざまな家具の転倒防止器具が販売されています。スーパーの店員に相談すると、上の写真左の「ふんばる君」という器具を推奨されました。
本棚など高い家具の床面前面に挿入して使うもので、その店員さんも自宅でこれを使っていたところ昨年3月の大地震でも家具が転倒しなかったとのことでした。店員さんの体験からの薦めに従ってその器具を購入し、自宅の本棚の下に入れることにしました。

その器具は、幅7cmぐらいのプラスティック製のフレクシブルな板状のもので、片方の縁に高さ1cmほどの縁がついています(上の写真左)。
それを上の写真右のように本棚前面の床面に挿入し、本棚の背面は後ろの壁にしっかりと押し付けます。これにより、本棚の前面は7mmほど高くなり、後ろの壁に寄りかかった状態になります。

その状態で本棚を手で揺り動かすと、以前より揺れが少なくなり、しっかりとした手応えが感じられました。これでやや心強くなり、今後は他の家具にもこの転倒防止器具を取り付けようと思いました。

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(2012/06/28(木) 07:00)

 衣川古戦場
衣川古戦場
 中尊寺入口から月見坂を登って行くと、まもなく弁慶堂というお堂があります

そこから月見坂をさらに少し登ると、杉並木の右側が大きく開け、山上から平泉町が遠くまで見渡すことができました。
みちのくの地にも田植えのシーズンが訪れ、平泉町の水田には早苗がうえつけられていました。

平泉を流れる大河北上川に支流衣川が注ぐあたりに、衣川古戦場跡というのがあります。源頼朝の命を受けて藤原泰衡が源義経の館を急襲し、義経の手勢がそれと戦った場所です。上の写真で右上隅にある橋の先が衣川古戦場跡だそうです。

義経は、北上川を見下ろす平泉町・高館の丘に住んでいたとされます。藤原泰衡の軍勢に館を包囲された義経は、ついに最後を悟り館の中で自決を遂げました。義経の館は、衣川古戦場跡と現在高館義経堂のある場所の中間あたりにあったのではないかともいわれます。

その衣川古戦場をはるかに望む崖の上に立ち、平泉町から吹き上げる涼しい風を受けながら、900年近い時の流れに思いをはせました。

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          かなたに霞む
             古戦場

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(2012/06/24(日) 07:04)

 中尊寺・弁慶堂
波平
 中尊寺の山門前に、「武蔵坊弁慶之墓」と刻まれた大きな楕円形の石碑がありました。

1189年6月15日、源頼朝の命を受けて、奥州藤原氏第4代藤原泰衡が高館の丘にあった源義経の館を急襲しました。
義経の手勢は主を守って応戦し、武蔵坊弁慶は衣川で立ち往生といわれる壮絶な討ち死を遂げました。

立ち往生した弁慶の遺骸を引き取ってこの中尊寺門前に葬ったとのことです。石碑のそばには、松の大木が立っており、その下には「弁慶標の松」という掲示がしてありました。説明板には、中尊寺の僧素鳥が詠んだものとして、次の俳句が記されてありました。

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          松のあるじや
             武蔵坊   素鳥

 中尊寺の入口から月見坂と呼ばれる参道を登って行くと、まもなく弁慶堂というお堂があります(上の写真)。お堂の中には、源義経と弁慶の木像をが安置されてあり、また、国宝の「金銅剛孔雀文磬(けい)」も置かれています。磬とは、僧が勤行のときに鳴らす仏具だそうです。

弁慶は、もと天台宗の総本山延暦寺の僧兵だったので、同じ天台宗の東北大本山である中尊寺がその遺骸を引き取り、境内にお堂を設けて供養したのでしょう。

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(2012/06/20(水) 06:29)

 平泉・中尊寺
波平
 二十年も前のこと、松尾芭蕉の 『奥の細道』 のルートをたどろうと思い立ちました。
東京・深川の芭蕉庵址から出発し、何年間かかけて千住大橋、草加、那須、黒羽町を歩き、さらに福島県・白河の関にも行きました。

次は奥の細道のハイライトである奥州・松島と中尊寺をぜひ訪ねたいと思っていました。

その後なんどか計画を立てつつ、行きそびれていましたが、今回やっと中尊寺を訪れることができました。

東京駅から新幹線に乗って一ノ関まで行き、その駅前からバスで平泉の中尊寺に行きました。バスの停留所で降りると目の前に大きな山がそびえており、その山全体が中尊寺の境内になっているようです。

中尊寺は、12世紀初頭に奥州藤原氏によって創建されました。奥州藤原氏が滅びた後も源頼朝の庇護を得て隆盛し、本堂、金色堂など40もの堂宇が建ち並んでいたそうです。
しかし、1337年に野火が飛び火してそれらの堂宇は次々に猛火に包まれ、わずかに金色堂と経倉の一部が焼け残ったということです。

入口の黒い門を通って境内に入ると、月見坂という広い参道が山の上に通じています。両側にそそり立つ杉の巨木を仰ぎ見ながら、その参道をゆっくりと登って行きました。

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          高きこずえに
             緑濃し

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(2012/06/16(土) 08:00)

 馬術の表彰式
馬術の表彰式

 ソメイヨシノが散り、八重桜が咲き始めたころ、世田谷の馬事公苑を訪れました。ここには、東京オリンピックの馬術競技を行った由緒ある馬術競技場があります。

ふとその馬術競技場の入り口のほうを見ると、なにか表彰式をしているようです。学生さんたちがチームの旗をかかげて表彰台にあがり、その前で馬術協会の役員さんと思われる年配の男性が、表彰状を読み上げては入賞者たちに渡しています。

いかにも桜の花がよく似合うさわやかな光景ではありませんか。私どもは、馬術競技にはまったく関係もないのに、少し離れたところから表彰式が終了するまで見ていました。

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           馬術の表彰
              進みおり

気がつくと、近くには入賞者たちのご両親と思われる方々がたくさんいらっしゃいました。子供さんたちの晴れの姿を見ようと、馬術競技をずっと見ていらっしゃったのでしょう。

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(2012/06/10(日) 07:58)

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