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 ロシア旅行 ネフスキー大通り
ネフスキー大通り

 サンクト・ペテルブルク市内の目抜き通り ネフスキー大通りを歩くことにしました。「サンクト・ペテルブルク歴史地区と関連建造物群」 が世界遺産に指定されていますが、この大通りもその中に入っています。

日本でいえば東京の銀座通りのようなところで、ショップやレストラン、デパート、劇場などが建ち並んでいます。大通りはサンクトペテルブルグの中心部を東西に貫いており、全長が約 4.2 kmもあります。

私どもは、ホテルの近くの駅で地下鉄に乗り、ネフスキー大通りの東端にあるプローシャチ・バスターニア駅で降りました。ここは、古い教会を1955年に改造して地下鉄駅にしたということです。

大通りにはご覧のようにカラフルなバナーがかかっており、さすが目抜き通りらしい華やかさがあります。歩道は幅が広く、ウィンドウショッピングをしながら楽しく歩きました。

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           古都のバナーを
              吹き抜けぬ

ネフスキー大通りを歩いていくと、公園の少し先に大きな建物が見えてきました。ガスチーニイ・ドボールというショッピングセンターです。
200年もの歴史をもつ市場だったそうですが、ロシアの市場経済導入以来急拡大し、現在では食品、化粧品、衣類、雑貨などなんでもそろう大ショッピングセンターとなりました。

ネフスキー大通りを訪れる観光客にも大変人気が高く、日本の海外観光ガイド雑誌にもかならず紹介されています。私どももここの喫茶店に入り、通りを眺めながらでお茶を飲んで一休みしました。


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(2017/06/19(月) 06:23)

 ロシア旅行 サンクトペテルブルグ着
 少し前にはよくトラブルのあったモスクワ空港での乗り継ぎも、最近ではかなり改善されわかりやすくなったようです。バッゲジも、成田で手続きをすれば自動的にサンクトペテルブルグまで届けられるようになったので、モスクワ空港で確認する必要はないということです。

とは聞いても、やはりモスクワ空港でサンクトペテルブルグに乗り継ぐのがスムーズに行くかが不安でした。
実は、昨年、私どもはパリ経由でスペインの首都マドリードにいきましたが、その際の乗り継ぎにはかなり苦労したからです。また、マドリード空港ではトランクが受け取れず、次の日になってやっとトランクがホテルに届けられました。

しかし案ずるより産むが易しで、今回は飛行機を降りたところに案内人が待っていて、乗り換えの窓口まで連れて行ってくれました。その後、国内航空の空港に専用バスで移動し、やはりアエロフロート機でサンクトペテルブルグに向かいました。

サンクトペテルブルグ着

 今度の飛行機は、ロシア製のツポレフ154というジェット機でした。旧ソ連時代に開発された中型旅客機で、上の写真のように3基のエンジンを尾部に集中装備しています。
現在でも旧ソ連圏諸国では多数使用されており、日本にはシベリア東部諸都市から新潟空港への便に就航しています。

その後帰国してから、このツポレフ154という飛行機は非常に事故率が高いので評判が悪いと聞き、そのような飛行機を平気で飛ばしているロシアの国内航空事情にはあきれました。

それでも今回のツポレフ154は正常に飛行してサンクトペテルブルグ空港には一時間ほどで到着しました、

サンクトペテルブルグ着

 サンクトペテルブルグ空港を出て契約しておいた送迎車に乗り、小一時間で市内のホテルに着きました。

ホテルはサンクトペテルブルグを流れる大河ネバ川の支流に面した景勝の地にあり、目の前にロシア革命の端緒となったので有名な巡洋艦オーロラ号とペトロパブロフスク要塞が見えました(上の写真)。

この時期は極北の地サンクトペテルブルグは白夜の季節で、日没は夜11時ごろということでした。眠れないので、部屋のカーテンを引いて、明日の市内観光の調べ物をしました。

        旅初日         人気blogランキングへ
           古都の白夜に
              寝つかれず


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(2017/06/03(土) 06:46)

 イタリア旅行 システィナ礼拝堂
システィナ礼拝堂

 バティカン美術館を見終わって少し休んでから、隣接のシスティナ礼拝堂に向かいました。システィナ礼拝堂は、キリスト教徒が敬虔な祈りを捧げる場です。それを妨げないように、私ども一般入場者にもさまざまな要望が出されています。

お目当てのミケランジェロの天井画はミケランジェロが33歳のときから5年間をかけた作品で、旧約聖書に記述されている「天体の創造」、「大地と水の分離」、「アダムの創造」、「エヴァの創造」、「原罪」、等のモチーフによる39の絵画からなっています。

この天井画は、近年の大修復により、ミケランジェロが当時描いたのに近い鮮やかな絵画がよみがえりました。

入口から入ると、堂内はほの暗く、多数の入場者がいる割には大変静かです。入場しただれもが、まず天井に顔を向けます。入場者たちはしばらく上を見ながら堂内を歩き回りますが、そのうち皆疲れてしまい堂内の床に座り込んで天井画を見上げます。

これらの中で最も有名なのが、上の写真の 『アダムの創造』 でしょう。この絵画では、神から差し伸べられた手にすがろうと必死に手を伸ばすアダムの姿が描かれています。

神の手にアダムが触れた瞬間に、神から生命がアダムに与えられようとしています。ほんの数センチまで接近した両者の指先から、まさに生命を与える青い電気火花が飛びそうに思われます。

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           アダム創造
              拝す春


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(2017/05/06(土) 07:16)

 またロシアの飛行機事故
ツボレフTu154

 少し前のことになりますが、 昨年末2016年12月26日、3年前に冬季オリンピックが開催されたロシア黒海沿岸の都市ソチの沖合、黒海上でロシア軍用機が墜落し、搭乗していたロシア軍合唱団のメンバー65人が死亡しました。

そのニュースで事故機の機種がロシアで製造されたツポレフ154であったと聞き、思わずはっとしました。私どもは数年前6月にサンクトペテルブルグ・モスクワの旅行をしましたが、その際モスクワ・サンクトペテルブルグ間を往復した中型旅客機がこの機種だったのです。

ツポレフ154は、約40年前に当時のソヴィエト連邦が世界の航空機市場への進出を目指して開発した中型機で、上の写真のように3基のエンジンを尾部に集中装備しているのが特徴です。

非常に古い機種なので、現在では普通になっている電子機器が完備されておらず、悪天候時の離着陸に問題があるとされます。また、ロシア、特に地方路線では、空港自体のレーダーや管制システムも先進国にくらべて見劣りがすると、専門家は指摘しています。

ロシア国内、シベリアとか地方路線では、現在でもこのような古い機種の飛行機が設備や管制システムがあまり上等とはいえない空港に盛んに離着陸しているということです。

ロシア人は地方路線では、無事に着陸できたのがわかると皆いっせいに拍手をするという話を聞きました。私は、当分の間、ロシアの地方路線には乗りたくありません。

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       旧型露機の
         事故の報

なお、ツポレフ154は、騒音、排気ガスなどの点で現在の国際基準に適合していないので、日本などの国際空港には飛来することはありません。ツポレフに騒音対策を施したTu-154Mシリーズという機種が、ウラジオストク、ハバロフスクから新潟へ路線を就航させているそうです。


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(2017/04/04(火) 06:58)

 イタリア旅行 ・ 円形闘技場
円形闘技場

 数年前の2月末、イタリアのローマ、シェナ、フィレンツェを訪ねる旅行をしました。イタリアのローマに着いて市内のホテルに宿泊し、その翌朝、まずツアーバスでローマの市内観光をしました。

古代ローマの遺跡フォロ・ロマーノに近づくと、行く手に巨大な凱旋門がそそり立っていました。その凱旋門の向こうに、さらに巨大な建造物が見えてきました。古代ローマのコロッセオ(円形競技場)です。

コロッセオの写真を撮ろうとしても、ファインダーの画面からはみ出してしまいます。コロッセオに近寄るとその中が一部のぞきこめるところがありましたが、そこでまた内部の大きさに驚かされました。

コロッセオ(円形競技場)は、上記の凱旋門よりずっと早く、紀元80年ごろに完成したとされます。イエス・キリストがゴルゴタの丘で磔に処せられて死亡してから間もないころということになります。

このコロッセオの中で、剣闘士同士の命をかけた闘い、あるいは剣闘士とライオンの闘いなどが盛んに行われ、ローマ市民はそれらを見て熱狂したそうです。映画にもなった小説 『クオヴァディス』 の中にも、ここでの凄惨な闘いの様子が描かれています。

円形競技場の上部外壁が、上の写真に見られるように、一部除去されて低くなっています。これは、後にキリスト教がローマの国教となってサンピエトロ寺院が建立されたとき、石材が不足したのでこのように円形競技場の外壁を一部を壊して利用したのだそうです。

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           春陽(はるひ)輝く
             コロッセオ


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(2017/03/19(日) 06:52)

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