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 咳の子のなぞなぞ遊び
咳の子のなぞなぞ遊び


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       なぞなぞ遊び        
         きりもなや   中村汀女

 最近子供のインフルエンザが流行しているようですが、上掲は中村汀女の有名な俳句で、風邪を引いた子供が寝つかず甘えている様子が実に巧みによまれています。

私どものウェブサイトに、吉川英治さんが親友宮田重雄さんの娘さんの結婚式に贈った俳句について掲載したところ、思いがけずその新婦の娘さん(宮田重雄さんの孫になります)からメールをいただきました。ロンドンでインターネットを検索していて、私どものウェブサイトを見つけたのだそうです。

そのメールで、その方のお母さん(上記結婚式の新婦さんです)の俳句をいくつか教えていただきましたが、その中に次の俳句がありました。

     熱の子に      人気blogランキングへ
       唄いつくして
         夏の月    宮田重雄さんの娘さん

 風邪の子を看病する母の心は、時代をこえ、洋の東西をこえてまったく変りません。その母心から、思わずこのような俳句を詠んだのでしょう。


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(2018/02/14(水) 06:40)

 肩にローライ 手にライカ
カメラを2台

 東京・世田谷にある駒沢公園を散歩していて、一眼レフカメラを2台持っている男性を見かけました。上の写真のように、一台は肩からかけ、もう一台は手に持っていました。

この姿を見て、石田波郷の次の俳句を思い出しました。

     秋晴や      人気blogランキングへ
       肩にローライ
         手にライカ  石田波郷

中村草田男らとともに「人間探求派」と呼ばれた石田波郷は、数少ないカメラ撮影を趣味とする俳人でした。

上掲俳句中のローライはレンズが2つある二眼レフの名機、ライカは今日のカメラの原型となった35ミリコンパクトカメラで当時世界最高峰といわれた機種です。

これらは、現在のカメラと比較するとずっと大型で重かったのですが、波郷は上記の俳句のように2つも持って方々を歩き回って撮影したとのことです。

上の写真の男性は、野鳥などを撮影するのが趣味ですが、野鳥を見つけてからレンズを交換していては間に合わないので、カメラを2つ持ち歩いているのだそうです。

写真撮影も奥が深く、こり始めると大変です。最近では、一般のアマチュアカメラマンが高級一眼レフを何台も持ち、三脚を使って撮影しているのをよく見ます。今後デジタル一眼レフの普及につれ、ますます撮影技術が高度化していくことでしょう。


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(2018/01/25(木) 06:31)

 不忍池の枯れ蓮
枯れ蓮

 東京・上野の不忍池(しのばずのいけ)は、春から夏にかけて蓮の葉でおおわれ、8月ごろには華麗な蓮の花が楽しめます。

その蓮もやがて寒さとともに枯れ始め、年末には枯葉も落ちて写真のように水面に枯れた蓮の茎だけが残った状態となります。枯れ蓮は、俳句の世界では冬の季語になっています。

この池はシベリアなど北方から渡ってくる水鳥の格好な越冬地になっているということでラムサール条約湿地に登録されており、この時期にはユリカモメ、カモ、キンクロハジロなどたくさんの水鳥でにぎわいます。

      枯れ蓮や     人気blogランキングへ
        鳥は池面に
          浮きしまま

森鴎外の小説『雁』の最後のほうで、主人公岡田がこの池の雁に石を投げたら、それが雁に当たって死んでしまったというくだりがあります。岡田は、その雁を下宿に持って帰って鍋にして食べようと友達と相談したと書かれていました。

現在このようなことをしたら、とんでもないことだと東京都や動物愛護団体からつるし上げられます。

私は、石を投げるかわりに雁の群にえさを撒いてやりました(^_^)。雁がえさをとろうと大きな口をあけると、口の中が赤いのがみえました。


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(2018/01/05(金) 06:52)

 赤穂浪士の討ち入り
赤穂浪士

 元禄15年(1702年)12月14日未明、赤穂浪士47人が主君のあだを討つために江戸本所の吉良邸に討ち入りしました。

討入りの前日、四十七士の一人大高源五は煤払いの笹竹売りに変装して本所の吉良邸をひそかに偵察しました。大高源五は四十七士のうちで随一の俳人といわれた人です。

吉良邸偵察の帰りみち、源五は、両国橋の上にさしかかったところでかねてより知り合いの俳人宝井其角とばったり出会いました。其角は松尾芭蕉の高弟の筆頭といわれた人です。

橋の上で源五のそのように変わり果てた姿を見て、其角は思わず

     年の瀬や      人気blogランキングへ
      水の流れと
       人の身は

と一句を詠みました。それに応えて大高源五は

      あした待たるる
        その宝船

と詠み返し、去って行きました。その姿を見送りつつ、其角は「はて、この句の意味は?」と考え込んだそうです。
翌朝になって赤穂浪士の討ち入りを知り、はじめてその句の意味がわかったというわけです。

上のすばらしい絵馬は、赤穂大石神社に展示されているものです。赤穂大石神社ホームページさまのご好意で、その写真をここに転載する許可をいただけました。大石神社ホームページさま、有難うございました。


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(2017/12/20(水) 06:41)

 流れ行く大根の葉
大根

 世田谷区九品仏の浄真寺には、同じサイズの大きな阿弥陀堂が三つあります。それらのお堂は上品堂、中品堂、下品堂と呼ばれ、仏教上の世界観に対応しています。

それぞれの阿弥陀堂の中には三体の大きな阿弥陀如来像が安置されており、合計して9体の阿弥陀如来像があることから、浄真寺は九品仏と呼ばれるようになりました。

俳人高浜虚子は、その浄真寺で句会を行ったあと、寺から多摩川の方向に散策に出ました。当時はその辺から多摩川べりにかけては、一面の畑だったようです。
その中を流れる小川で畑から抜いた大根を洗っている光景を橋の上から見て、有名な大根の葉の俳句を詠みました。

      流れ行く     人気blogランキングへ
        大根の葉の
          早さかな  高浜虚子

大根

 私の最寄駅の駅前には農協があり、毎週土曜日に近くの畑でとれた新鮮な野菜を売っています。秋から冬にかけては、泥のついた太い大根が人気です。虚子が九品仏で見たのも、このような大根だったのでしょう。

世田谷区には、かつての田園をしのばせる小川が少し残っています。当時は、そのような小川で畑から抜いた大根を洗っていたのでしょう。切り落とされた大根の葉が、小川に浮かんで流されていったのでしょうか。


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(2017/12/12(火) 06:25)

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