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 深大寺・扇塚
 今年の7月は、関東地方は連日晴天が続き、記録的な高温小雨の年になりました。猛暑にたたられ、葉物を中心に農作物にも大きな被害が出て価格が高騰するものが多くなりました。

8月になってからようやく雨が多くなり、9月に入ると落ち着いた秋らしい日が多くなりましたが、夏場に地中深くまで乾燥してしまったせいか、例年初秋を飾る草花、花樹もダメージを受けたものが多いようで、公園などに散歩に行ってもそれほど花を見かけません。

その中で、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)は、秋口まで地中で球根でいるせいか例年通り元気にうす緑色の長い茎を伸ばし、その先に鮮やかな紅、白の大きな花を咲かせ始めました。

曼珠沙華

 深大寺は、東京都調布市にある天台宗の古刹で、開基は天平年間にさかのぼりとのことです。家から比較的近いところにあるので、私どもはときどきその深大寺を訪れています。

少し前に深大寺に行ったとき、境内の奥まったところにある釈迦堂の横に扇子の形をした大きな石があるのを見つけました。

近寄ると、その石の表には 「扇塚」 と刻まれてありました。舞踊家や役者の皆さんが、長年使って傷んでしまった扇を、いたわりと感謝を込めてこの塚におさめるのでしょう。

扇子の形をした石の前に、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)がちょうど茎を長く伸ばして鮮やかな花を咲かせていました。

       舞扇(まいおおぎ)
          納めし塚に
             曼珠沙華

扇塚


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(2017/10/13(金) 06:43)

 曼珠沙華・中村汀女
 大正から昭和にかけて活躍した俳人中村汀女は、俳句を現代の女性の間にこれだけ普及させた功労者の筆頭といえるでしょう。

汀女の句は、以下の作品に見られるように、女性らしい繊細で気品のある表現と暖かい叙情性に特色があります。それにより、新聞やテレビの俳句欄で多くの女性ファンをひき付けてきたのです。

中村汀女は、明治33年(1900年)に熊本に生まれました。熊本高女に進学して、次の曼珠沙華(まんじゅしゃげ)の俳句を詠みました。

        曼珠沙華        人気blogランキングへ
           抱くほど採れど
              母恋し     中村汀女

曼珠沙華・中村汀女

 汀女さんは、親元を離れて熊本高女の寄宿舎に入ったそうです。うら若き乙女であった汀女さんは、ホームシックに悩んだようですね。

 その後熊本高女を卒業してまもなく、汀女さんはエリート官僚だった男性と結婚し、東京・世田谷の代田橋に住むようになりました。
汀女さんはなかなかの発展家だったので、案じた親が早く結婚させたという話を聞いたことがあります。

次の俳句は、汀女さんが結婚して世田谷代田橋に住み、中年になったころの作品と思われます。

        年ごろの似て     人気blogランキングへ
           かえりみて
              曼珠沙華    中村汀女

 秋の彼岸にお墓参りをしたときのことでしょうか、すれちがった女性が自分とほぼ同年配であるのに気がついて思わず振り返りました。

すると、その女性の歩く先の道端に曼珠沙華(まんじゅしゃげ)が鮮やかに咲いているのが見えた、という句意です。

曼珠沙華・中村汀女

 女性は同性を観察するといいますが、そういう女性ならではの俳句で、男性ではこのような発想をすることすらできません。
句尾下五に付けた 「曼珠沙華」 は初秋の鮮やかさに満ちており、また女性が内に静かに持っている情念を感じさせます。


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(2017/09/27(水) 06:28)

 竹久夢二・宵待草
 千葉県北部の都市銚子は、海洋性の穏和な気候と犬吠崎を中心とした海辺の景観で知られ、古来多くの文人墨客がここに遊んでいます。
この夏、私どもも銚子を訪れ、犬吠崎、海鹿島(あしかじま)など市内数ヶ所の文学紀行を楽しみました。

犬吠駅の近くで海鮮料理を食べてから、また犬吠駅に行って銚子電鉄に乗り、少し銚子市の方向に戻ります。銚子電鉄の一日乗車券を買ったので、使って元を取ろうというわけです(^_^)


竹久夢二・宵待草

 海水浴場があるので有名な海鹿島駅で降りて、海岸の方向に少し歩くと、明治から大正にかけて活躍した画家・詩人竹久夢二の詩碑がありました。詩碑の碑面には、あまりにも有名な 「宵待草」 の詩が彫られてありました。

      待てど暮らせど来ぬ人は  人気blogランキングへ
         宵待草のやるせなさ
            今宵は月も出ぬそうな   竹久夢二

竹久夢二・宵待草

 若いころ新聞記者をしていた夢二は、明治43年にこの海鹿島の旅館でひと夏を過ごしました。そのとき、旅館の近所に住むカタという娘と恋仲となりました。この詩は、そのときの夢二のカタへの思いを反映したものとされます。

土地の人に教えていただいたのですが、宵待草とは月見草とよく似ている花で、それより花が小さく、控えめな野の花でした

この詩は、大正7年に多忠亮の作曲により歌謡曲となり、大正デカダンスのかげりのあるメロディーに乗って全国津々浦々まで広まりました。私どもが子供のころ聴いたこの曲のレコードは、なんと女優の高峰三枝子さんが歌ったものだそうです

私どもが訪れたときは、ちょうどカンナの花が詩碑の前で華やかに咲き誇っていました。その向こうの詩碑の中で、夢二の肖像がややうつむき加減で海の方向を見ていました。


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(2017/08/30(水) 06:42)

 作家有島武郎の情死
 新幹線軽井沢駅の北1.8kmほどのところに、このあたりでは有名な旧軽井沢交差点という場所があります。

その旧軽井沢交差点から北北西約2kmのところに、「旧三笠ホテル」 という歴史ある建物があります。昔は草津軽便鉄道の 「三笠駅」 というのがこのホテルのすぐ近くにあったということです。

三笠ホテルは、実業家山本直良によって明治38(1905)年にオープンされました。現在では三笠ホテルの建物は、明治の軽井沢を現代に伝える貴重な文化遺産として国の重要文化財に指定されています。

旧三笠ホテル

 ホテルの創立者山本直良氏の妻は、作家有島武郎の妹でした。山本氏自身も文学者や芸術家との交友が多かったので、このホテルには作家・文学者などが盛んに宿泊するようになりました。

前記のように作家有島武郎は当ホテルと縁が深く頻繁に訪れましたが、自分の別荘浄月庵もこのホテルの近くにあり、夏はその別荘に滞在することが多かったそうです。

有島武郎の妻は早く亡くなりましたが、その後武郎は中央公論社の記者波多野秋子と親しくなりました。やがて秋子の夫の介入するところとなり、疲れ果てた武郎は、大正12(1923)年6月、45歳のとき秋子とともに上記別荘浄月庵で情死を遂げました。

情死の少し前、武郎は次の短歌を詠んだそうです。

      世の常のわが恋ならば
        かくばかりおぞましき火に
          身ばや焼くべき     有島武郎

武郎には亡くなった前妻との間に3人の子供がありました。その長男が、後に俳優森雅之になりました。黒澤明監督の 《羅生門》 、林芙美子原作の 《浮雲》 などの作品に出演した俳優です。

有島武郎は情死の数年前に 『惜しみなく愛は奪ふ』 という評論を書いています。その評論と軽井沢情死事件とは関連が深いと受け取られ、世間で大いに騒がれたということです。

その別荘浄月庵は、現在ではカフェとなっています。にぎやかな軽井沢銀座からほんの20分ほど歩いたところにあるその建物は、情死から100年近い歳月を経て旧軽井沢の林間に静かにたたずんでいました。

別荘浄月庵の跡


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(2017/08/14(月) 11:58)

 薬師寺のしだれ桜
薬師寺

 京都駅から近鉄電車の急行に乗り、大和西大寺駅で天理の方向の各駅停車電車に乗り換えました。西ノ京駅で下車し、大和の里の田園を10分ほど歩いて薬師寺の門前に着きました。

薬師寺は奈良を代表する古刹の一つで、天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気平癒を祈願して、680年に藤原京に建立を始めました。その後平城京への遷都に伴い、この大和の地に移転されました。

東の浄瑠璃浄土の仏様である薬師如来は、医王如来ともいわれ、応病与薬により私どもの健康を維持してくださっているとされます。天武天皇は、皇后の病の平癒を願い、この薬師様にすがったのです。

そのような縁起のためか、薬師寺は同じ時代の奈良大寺東大寺、法隆寺にも共通する荘厳の中に、どこか私どもが思わずすがりたくなるような優しさと華やかさを持っています。

私どもが訪れた数年前の3月末、寒さ厳しい大和の里にもようやく本格的な春が到来したようで、薬師寺の入口にはしだれ桜がやさしく咲き始めていました。

        優しさは         人気blogランキングへ
           薬師の教え
              花会式(はなえしき)

薬師寺花会式(はなえしき)は、3月末から4月始めに薬師寺で行われる十種の造華を祀る法会(ほうえ)です。


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(2017/03/31(金) 06:50)

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