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 奥多摩探秋
okutama12.jpg

 11月もとうとう末になり、秋が急激に深まってきました。東京青梅市を流れる多摩川の上流に沿って歩き、本番を迎えた奥多摩の紅葉を楽しみました。幸い快晴に恵まれ、深秋の一日、奥多摩の色彩の饗宴を愛でました。

新宿から中央線で立川まで行き、そこでJR青梅線に乗り換えます。オレンジ色の可愛らしい電車に乗って、多摩川の渓谷に沿って山に分け入り、終点の奥多摩駅で下車しました。

奥多摩の町の中をしばらく川に向かって歩いて行くと、多摩川の川筋に氷川キャンプ場が見えてきました。

夏の間は自動車で乗りつけた家族づれなどでにぎわったキャンプ場も、いまは静かに秋を迎えていました。キャンプ場のあたりから、道路を降りて渓谷の岸辺に向かいました。

この辺は、川原で火をたいて煮炊きをしてもよい場所が多いようです。ここでは、年配のご夫婦が河原の石を組み合わせて炉をつくり、近くのスーパーででも買ってきたのでしょうか、ソーセージや野菜をジュージューと焼いておいしそうに食べていました。

いい匂いに惹かれて私も河原を歩いてその近くに行き、ご了承をいただいてからこの写真をとらせていただきました。秋深き川筋の絶景の中、バーベキューの味もひとしおでしょう。

     河原の火で
       肉を焼きつつ
         秋惜しむ


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(2019/11/28(木) 07:03)

 北軽井沢の鮎
北軽井沢の鮎

 9月の中ごろに群馬県草津に行きましたが、帰路は草津から路線バスを利用して北軽井沢経由で軽井沢に抜けました。軽井沢に新幹線が通って以来、このコースを利用する観光客が多くなりました。

インターネットでそのあたりの地図を調べているうちに、北軽井沢に「いのしし牧場」というのがあるのを知りました。

実は、私は毎年 えと動物の写真 をウェブサイトで公開しています。そのウェブサイトでいのししの写真が少なかったので、そのいのしし牧場に寄って写真を撮らせてもらうことにしました。

北軽井沢のバス停で降りたところ、ちょうど目の前に貸し自転車屋がありました。そこの親父さんにいのしし牧場への道を尋ねてから自転車を借り、ひろびろとした高原に乗り出しました。

さいわい快晴無風の日で、高原の道を快適にサイクリングして、20分ほどでいのしし牧場に着きました。

牧場の入口で挨拶して写真撮影の許可をいただきましたが、ふとその玄関先でなにか魚を焼いているよい匂いがするのに気がつきました。見ると、ちょうどお昼どきだったので、鮎と思われる魚をたくさん串にさして赤い炭火で焼いています。

いのしし牧場から自動車で2、30分ほども走ると深い沢があり、このような立派な鮎がたくさん採れるのだそうです。

それにしても、釣ってきた大きな鮎を昼食に塩焼きにしてたくさん食べるとは、私ども都会に住む者にはうらやましい限りです。

       鮎の脂(あぶら)   人気blogランキングへ
        落ちて黄色の
          炎立つ


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(2019/10/27(日) 07:13)

 甘藷先生の墓
目黒不動尊

 東急目黒線不動前駅の近くにある目黒不動尊は、古くから浅草の浅草寺と並んで東京の庶民信仰の中心になっています。

昔から「目黒不動尊」と呼ばれているのは、泰叡山瀧泉寺(りゅうせんじ)という天台宗のお寺の不動堂です。江戸時代以降、庶民の間に不動信仰が盛り上がり、瀧泉寺の不動堂に行楽を兼ねて参拝する人が大変多くなりました。

現在では、瀧泉寺というお寺の名前より「目黒不動尊」のほうがはるかに有名になっています。

甘藷先生の墓 不動堂の裏、市街を見下ろす丘の上に、かなり広い墓所があります。
その中に、「甘藷先生」として有名な江戸時代の学者青木昆陽の墓がありました。
青木昆陽は、元禄11年(1698年)生まれで江戸時代中期に活躍した儒学者、蘭学者です。当時の南町奉行大岡忠相に取り立てられ、幕府書物の閲覧を許されました。

 江戸幕府8代将軍徳川吉宗は、飢饉の際の救荒作物として西日本では知られていた甘藷(現在のサツマイモ)の栽培を昆陽に命じ、小石川薬園(小石川植物園)、現在の千葉市花見川区幕張、現在の千葉県山武郡九十九里町で試験栽培させました。

この結果、享保の大飢饉以降、関東地方や離島でサツマイモの栽培が普及し、天明の大飢饉では多くの人々の命を救ったとされます。

昆陽は、享保20年(1735年)に農書 『蕃薯考』(ばんしょこう) を発表しましたが、その中で救荒作物として有用な甘藷(かんしよ)の性質・栽培法などを詳しく記述しました。

昆陽は、のちに評定所儒者となり、オランダ語の習得に努めました。昆陽の弟子には『解体新書』で知られる前野良沢がいます。

このように大きな功績をあげた青木昆陽は、明和6年(1769年)流行性感冒により死去しました。享年72歳でした。

      寺裏に      人気blogランキングへ
        甘藷の学者
          眠る墓

目黒不動尊では、毎年10月28日の縁日には、昆陽の10月12日の命日を偲んで甘藷まつりが開かれ、多くの参拝客でにぎわいます。


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(2019/09/25(水) 07:11)

 いのしし牧場
いのしし牧場 夏の終わりに群馬県草津に行きましたが、帰路は草津からバスを利用して白根山経由で軽井沢に抜けました。

地図で見ると、その辺は広大な浅間山の山麓で、畑と原野が入り交じっているようでした。インターネットで調べて、その途中の北軽井沢に「いのしし牧場」というのがあるのを知り、行ってみることにしました。

 北軽井沢のバス停で下車すると、昔の軽井沢を思わせるひなびた避暑地という趣きのあるところでした。最初は法政大学の関係者たちが作った別荘がもとになって村ができたということです。

軽井沢一帯は、まさに「自転車特区」という感じで、どこにいっても自転車が走り回っています。私どもも、バス停の前にあった貸し自転車屋で自転車を借り、道順を教えてもらっていのしし牧場をめざしました。

牧場に着いてその横から見ると、鉄柵で囲まれた大きなスペースの中にたくさんのいのししが歩き回ったり、寝転んだりしています。そのスペースの高いところに通路がかかっているので、私どもはそこから写真を撮ることができました。

牧場のいのししは、大きな成獣と子供が入り混じっていました。成獣の中でも体が大きいものは、牙が口からはみ出しています。
牧場で飼われていても野獣は気が荒く、柵ごしに私どもの姿を見ると、土煙をあげて突進してきました。

       柵の中       人気blogランキングへ
         猪(しし)は牙むき
           突進す


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(2019/09/05(木) 06:50)

 草津・睡蓮の池
睡蓮の池

 私どもは群馬県草津にある老舗ホテル「中沢ヴィレッジ」のリゾート会員になっており、年間2、3回ほど宿泊しています。今回は、久しぶりに真夏の8月初めにこのホテルを訪れました。

中沢ヴィレッジでは、毎朝7時から「ベルツの森」と呼ばれる周囲の森林の散策ツアーをしています。ベルツの森の中に作られたプロムナードコースは全長約2kmもあり、どの季節も高原の豊かな風光が楽しめます。

ベルツの森の中、ヴィレッジから歩いて5分ほどのところに睡蓮池という大きな池があります。池の周りには遊歩道が作られており、睡蓮など湿生植物や野鳥などを観察できます(上の写真)。

池の中に小さな島が築かれており、島と岸との間に二つの小橋が架けてあります。橋はご覧のように日本庭園によくある太鼓橋で、青緑色に塗られていました。

フランス印象派を代表する画家クロード・モネは、晩年セーヌ川の下流ジベルニーに広い土地を購入し、セーヌ川の水を引き入れて大きな睡蓮池を作りました。

日本の風物に憧れていたモネは、その池に青緑色に塗った太鼓橋を架けたそうです。
中沢ヴィレッジの睡蓮池と太鼓橋は、モネがジベルニーに造成した庭を模して作られたということです。

      睡蓮の     人気blogランキングへ
        池には青き
          モネの橋

中沢ヴィレッジの池の睡蓮は、例年8月末まで楽しめるそうです。

私はテレビの天気予報でいつも草津の気温を気をつけて見ていますが、草津はさすが1000mを越える高地だけに関東では水上と並んで最も気温が低い地域のようです。冬にはこの睡蓮池に厚い氷が張り、その上を歩いてわたることができるそうです。


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(2019/08/16(金) 07:12)

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